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異世界移住生活日誌 短編集  作者: 葉月ナツメ
2/10

お別れ、そして……。~シヴァの旅路編~

*注意!*

最低な男が出てきます。 

親が子を子と思わないような話が苦手な方は今回の話はスルーしたほうがいいかもしれません。

村の門をくぐり抜けると、ずっと動いていた馬車が止まった。

次いで、前方に座って馬車を操っていた灰色猫さんがこちらを振り返る。


「シヴァ、着いたよ。ここが、あんたの故郷だよ」


そう言われて、俺は周囲を見回した。

『故郷だよ』、と言われてみれば、確かにそうかもしれない、と思う。

見覚えのあるものもある……ような気がする。

七歳の時に初めて灰色猫さんに売られて以降、故郷の村に足を踏み入れていた時間は、二日にも満たない。

離れていた間に、多少なりとも村に変化はあったろうし、記憶が薄れていく事も相まって、"故郷だ"と言われなければ気がつかない程度には、故郷の村の印象は既に失われているようだ。

思えば、前回帰ってきた時も、似たような事を考えたな。


「シヴァ、先に宿に行って、他の子供達を休憩させるよ。あんたを父親の元へ連れていくのはそのあとだ。構わないね?」

「はい」


俺が頷くと、灰色猫さんは再び馬車を走らせ、ただひとつしかないらしい、この村の宿に向かった。







「御免下さい、シダチさん、ご在宅ですか? 御免下さい」


コンコンコン、と家の扉を叩き、灰色猫さんは声を張り上げた。

シダチ……ああ、そういえば、父さんはそんな名前だったな。

声を張り上げる灰色猫さんの横で、俺はぼんやりとそんな事を考えた。

見覚えのあるこの家を、『あんたの家だよ』と灰色猫さんに言われたのは、ついさっきの事だ。

けれど、それには異を唱えたい。

"俺の家"は、もうここじゃない。


「御免下さい。シダチさん、いらっしゃいませんか?」

「はいは~い、いらっしゃいますよ~」


灰色猫さんが再び扉を叩いて繰り返すと、中から返答があった。

ゆっくりと扉が開いて、男が一人、顔を出す。

男は灰色猫さんと俺を交互に見ると、首を傾げた。


「ええと……失礼、どちら様、だったかな? いやぁ、何しろ、うちに来客なんて珍しいもんだから。……この村の人じゃあないよな? 妻の、古い友人か何かかな?」


その言葉に、灰色猫さんは一瞬ぴくりと体を揺らした。

けれど俺には、何の感情も浮かんで来なかった。

……前回はまだ、悲しみが沸き上がってた気がするけど……どうやら俺は、もう父さんに思うものは何もないらしい。


「……お久しぶりでございます、シダチさん。私は奴隷商人の灰色猫にございます。ご子息のシヴァくんが、無事に契約奴隷としての従属期間を終えられたので、こうして生家へお連れ致しました」


灰色猫さんは笑顔を作り、そう言った。

だけど目は笑っていないし、"ご子息"の部分を強調していた。

契約奴隷になった子供達を、ただの"商品"とは扱わず、売られて行くまできちんと面倒を見る灰色猫さんにしてみれば、自分の子供を見て"どちら様?"なんて聞く父さんは立派な嫌悪の対象だろう。

しかし父さんはそんな灰色猫さんの様子には気づかず、ポン、と手を打つと、俺を見て口を開いた。


「ああ、そうか、お前シヴァか! そうかそうか、もう終わったのか! 確か三年……いや、二年だったか? まあ、どっちでもいいな! お勤めご苦労さんシヴァ!」


笑顔でそう言う父さんに、俺は頷く事で返事を返した。

"期間は一年だったけど"、なんて無駄な指摘はしても仕方がない。


「……シダチさん。ご子息は、一年、契約奴隷としてしっかり務めを果たしました。十分に労って差し上げて下さい」


……どうやら灰色猫さんは、無駄とは思わなかったらしい。

"一年"の部分を強調していた。


「そうですね! 本当にご苦労だったなシヴァ! それじゃあ次は、三年行ってきてくれ! 奴隷商人さん、またシヴァを売ります。三年分の代金を下さい。またシヴァにいい主人を見つけてやって下さいね!」

「……シダチさん。ご子息はたった今帰宅されたんですよ? まだ家にも入っていないのに、またお売りになると仰るのですか?」

「え? いやぁ、だって、貴女がいるうちでないと売れないでしょう? 貴女だって奴隷が手に入れば儲かるんですから、いいじゃありませんか! シヴァ、悪いな。頑張ってくるんだぞ!」


父さんはへらへらと笑ってそう言った。

……やっぱり、またこうなったか。

父さんに売られるのは、これで四度目になるな。

ひんやりとした空気を感じて、俺はちらりと灰色猫さんのほうを見た。

灰色猫さんは絶対零度の微笑みを浮かべていた。

けれど父さんはそんな様子にも気がつかないのか、灰色猫さんに両手を上に向けて差し出した。


「さあ奴隷商人さん、三年分の代金、早く下さい」

「…………わかりました。三年分ですね」


灰色猫さんは腰袋から金貨と銀貨を数枚取り出し、父さんに渡すと、俺の腕を掴んだ。


「それでは失礼致します。行くよシヴァ!」


挨拶を口にしながら、灰色猫さんは俺を連れ、歩き出した。

父さんはひらひらと手を振ると、家の中へ消えて行った。

今度は三年か。

だとすると、成人するまでに少なくともあともう一回売られるな……。

いっそ一気に五年にしてくれれば良かったのに。

ああでも、父さんは俺の歳なんて覚えてないかもしれないな。

なら、仕方ないか……。


「……シヴァ。もうたくさんだ。私は今度のあんたの従属期間が終わる頃、あんたの主人に相談して、保護者を変えるよう役所に訴えるよ。……フレンの、時のようにね」

「灰色猫さん……」


今度の、主人、か。

どんな人が今度の主人になるのかわからないけど、変える場合、"相談して"というなら、その人が俺の保護者になるんだろうか?

けど……。


「……灰色猫さん。誰が保護者だろうと、俺は成人したら一人立ちします。どのみちあと五年ですから、別に、無理に変える必要はありません」


そう言うと、灰色猫さんはふっと表情を和らげた。


「大丈夫だよシヴァ。安心しなさい、あんたの望まない事態には、決してしないから。五年も、待つ事はないよ。今度の従属期間が終わったらそのまま、クレハ様の元へ帰りなさい」

「!!」


クレハ様の元へ、帰る……帰れる?

魅力的なその言葉に、俺は目を見開いて灰色猫さんを凝視した。

すると灰色猫さんは微笑み、しっかりと頷いた。







村を出発して、数日。

俺は再び、クレハ様の家の近くの街、トルルの街の奴隷商館で座りこんでいた。

すると近づいてきた貴族らしき親子連れの子供が、俺を見て、『お父様、私この子が欲しいわ!』と言った。

ああ、今度はこの子が俺の主人になるのか、とぼんやりと思った。

……主人など、誰でもいい。

俺は一日でも早く、三年の従属期間を終えて、クレハ様の元へ帰るんだ。

けれど次の瞬間、灰色猫さんは意外な言葉を口にした。


「ああ、大変申し訳ございませんお客様。その子は既に、売約済みなのですよ。相手は私のお得意様なので、破る訳にはいかないのです。御了承下さいませ」


……売約済み?

いつの間に、そんな事になったんだろう?

不思議に思って灰色猫さんを見ると、灰色猫さんは俺の視線に気づき、微笑んだ。

"クレハ様の元へ帰りなさい"と言った、あの時と同じ顔で。

……まさか。

……いや、そんなはずはない、あって欲しくない。

その相手がもしクレハ様なら、それは、実の親に何度も売られているという事実を、知られるという事だ。

周囲に善良な人々しかいないあの人に、そんな事、知られたくない。

……けど、もしクレハ様なら。

三年さえも待たず、あの家に帰れる。

知られたくない、でも、帰りたい。

相反する気持ちを抱え、俺は俯いた。


しばらくそうしていると、誰かが俺の前に膝をつくのが目の端に移り、俺は、顔を上げた。

シダチ……"シ"ヴァの "ダ"メな "チ"チオヤ

という意味です。

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