1話 ああ、転生神様っ
この物語は基本、深夜のテンションと
リスペクト・その場の思い付き・現実逃避
でお送りしております
第四の壁の向こうの皆さま、こんにちは。
今日もお仕事の時間がやって参りました。
さて、今日のお客様は某都心在住の茶谷透流氏です。
初っ端から色々と灰汁の強い方の様ですね。
「ようこそ死後の世界へ、私はあなたに新たな道へ導く女神です。貴方は本日午後17時35分に死亡いたしました」
そういうと青年は目に見えて狼狽している。
突然、見知らぬ人間に「貴方は死にました」なんて言われれば困惑するのは当然でしょうね。
「死んだ……? でも俺はこうして……え、アレ?」
「すぐに信じられないのは当然ですが、ここへ来る前の時の事を良く思いだしてみてください」
私に言われて透流さんは思案する。
すると、すぐにその時の状況を思い出したのか顔を青ざめた。
「そ、そうだ! 俺は学校の帰りにトラックに轢かれそうな仔猫を助ける為に……!」
そう、彼はその為に道路に飛び出したのだ。
いつもの彼ならそんな事はしないのだろうが、気まぐれを起こしたのが運の尽きだったのだろう。
彼に悲しい真実を突きつけなくてはいけないのが神様の辛い所です。
「そう、宅配便のトラックに轢かれそうな仔猫……と見間違えたビニール袋を助ける為に飛び出して貴方は亡くなりました」
「……へ?」
それは悲しい……とても悲しい話です。
彼が気まぐれを起こして助けようとした物は、仔猫でも何でも無いビニール袋だったのです。
というよりも、2mぐらい先の物を見間違えるってどういう事なのでしょう?
「しかし、目の前にある物を見間違えますか普通。しかも最後まで気付いていないとは……視力に問題でもあるんでしょうか? ちょっと、今指を何本立てているのか分かりますか?」
「うぎぎ……」
死んでしまったので恐らく精神的な物が原因なのでしょう。
しかし、そうなってしまうと神である私でも治す事は不可能なので地道にリハビリをしなければならなくなります。
そう思って心配したのですが、何故か彼は質問に答えてくれませんでした。不思議です。
そもそも、彼は根っからの善人ではありません。
どちらかと言えば、『狡っからい守銭奴』というのが彼の生前の周囲の評価ですね。
原っぱに捨てられた雑誌を拾い集めて、公園に作った隠れ家に中学生を呼び込んで使用料を取ったり、学校の部室を占拠して私物を持ち込んで授業をサボったり、友人からいらなくなった漫画やトレーディングカードを集めて近所の小学生に転売したり……ホント下らない事には労力を使うんですね。
「ちなみに、貴方の死因は助けようとしたビニールで足を滑らせて転んだ事による頭蓋骨骨折です。ついでに言えば、トラックは手前で宅配する為に止まっているので貴方を轢いていませんよ。自分が起こした行為が大惨事を招く……一体何を考えて貴方はこのような行動を取ったのですか?」
「酷ぇ! 確かに自分でもそう思うけど、仮にも死んだ人間にいう事じゃねぇよ!?」
なるほど、そういう事を言いますか。
少々自覚が足りないようですね。
「ですが……貴方は飛び出す直前に『これもしトラックに轢かれて死んだら異世界に転生とかしたりして~』と笑いながら呟いていましたよね? 何ですか、ネット小説の読み過ぎで現実と空想の区別もつかなくなってましたか?」
「そ、それは……」
「貴方が飛び出した所為で、宅配員さん(43)は警察に通報されて貴方を轢いたのではないかと疑われて連行され、翌日まで取り調べを受けて会社に戻るとクビにこそされませんでしたが会社に居辛くなってしまいました」
「うぐっ」
「貴方が死んだ後に貴方の部屋から出てきた大量のエロ本と、転売のやり取りをしていたメールの所為で、貴方が今までやっていたセコイ悪事をご家族が知ってしまい、後輩に慕われていると密かに尊敬していた兄の真実を知った弟さんは学校で肩身の狭い思いをしています」
「か、家族にバレた!? しかも、密かに弟から尊敬されてた!?」
「その上、貴方は『ここで猫を助ければ格好良い』という打算もしていましたよね? 格好つけるなとは言いませんが、そんな博打的な方法で上げても、貴方がエロ図書館館長と呼ばれている事実は変えようがありません」
「おい待って、俺アイツらからそんな風に思われてたの!?」
「貴方にとっては些細な思い付きだったかも知れませんが、貴方のやらかした事は大勢の人間に迷惑を掛ける行為だったのだと自覚してください。そして、反省したのならば、次の生ではもっと真面目に生きる事をお勧めします」
「俺が悪いの!? ねえ、俺そんなに悪い事した? ちょっと気まぐれに仔猫助けようとしただけで何淡々と説教されないといけないの!?」
「普段の行いから来る身から出た錆です。大いに反省してください」
「グフッ……ここは実は地獄で、君は閻魔様だったりしませんかね?」
「何を期待しているか知りませんが、閻魔様は昨今ゲームなどでありがちな美少女なんていませんよ? 全員、髭面のメタボなオジサンばかりです」
「ゆ、夢も希望もねぇ……」
身も蓋もない私の言葉に、青年が膝から崩れ落ちた。
さて、下らない無駄話はこれくらいにしてさっさとお仕事に戻りましょう。
「それでは茶谷透流さん、貴方には2つの選択肢があります。一つはこのまま元の世界で生まれ変わる事、もう一つは今のまま異世界に転生する事です」
それを聞いた瞬間、分かり易く顔色が変わり、玩具を貰った子供の様に目を輝かせて私に詰め寄った。
顔が近い上に、ハァハァと鼻息が荒くて気持ち悪い。
「それはつまりアレですか!? 所謂一つの異世界転生って奴ですよね!?」
「まあ簡単に言えばそうですね」
「ウッヒャッホーイ!」
先ほどまでの落ち込み様が嘘のように飛び跳ねて喜びを表す。
そういえば、大概ここへ来る方って死んだばかりだというのに結構元気ですよね。
まあ、ここへ来る方は大概死んだ事を自覚しないまま送られてくるので仕方ないと言えば仕方ないですが。
「じゃあ、説明に入りますが貴方の想像通り、転生先は所謂剣と魔法の世界ですね。何故かレベル制とスキルというゲームっぽい物が存在し、冒険者と呼ばれる職業の方々が様々な場所へ赴いてモンスターなどと戦い日銭を稼ぐ。そんな世界です」
「おお! それじゃあ、何かチートな能力とかも貰えるんでしょうか!?」
「いきなりのハイテンションが気持ち悪いです。そうですね、チートかは分かりませんが能力は差し上げます。ハッキリ言って今の貴方では毛玉にも負けますね」
「毛玉?」
正式名称はムクムクというモンスターなのですが……まあ、ここでは一生出て来ないでしょうから、彼は向こうへ行けばわかるので説明はカットしましょう。
さて、そろそろ色々面倒臭くなってきたのでさっさと“異世界転生マニュアル”に沿って能力を付けて転生を……あっ。
「うわぁ、なんと言いますか。運が良いのか悪いのか、良く分からないですね貴方」
茶谷透流は訳も分からず首を傾げる。
私が眉を顰めた理由、それは彼が引き当てたマニュアルが『基本転生能力+α』というパックだったからである。
これは基本となる異世界言語スキル、鑑定スキル、成長限界突破などに加え、彼が自由に1つだけ望む物を向こうに持ち込めるという物だ。
伝説の武具だろうが最強の使い魔だろうが、彼が望めば何でも1つだけ手に入れる事が出来るという、能力付加の中でも割とランクの高い物だったりするんですよ。
ただこれ……何故か入力口が黒電話なんですよね。
「はぁ……という訳で貴方が望む物を何でも1つだけ異世界に持って行く事が出来ます。貴方の望みをその黒電話に吹き込んでください」
「それって何でもありなんですか!?」
「はい、貴方が大金持ちになりたいならば一生お金が付いて回る運を、世界最強の剣が欲しいのならば神界で埃を被っている一品を差し上げましょう。最もこのチート自体が滅多に無い事なのでそういう事を頼まれた前例はありませんが」
精々が最強の魔力や高いスキルなどばかりだ。
ネット小説が流行り始めてからは、チートに妙な縛りを入れて来る人が多いですね。
彼は少し考えてポンと手を打って、受話器を手に取った。
「じゃあ、美少女版ドラ○もんをください。勿論、ポケットの中身もありで!」
……異世界転生でそれを望んだ方は初めてですよ。
というか、一つじゃないですよねそれ。
『願いを一つだけ言え』って言って、『願いを沢山叶えろ!』って言ってるような物です。
当然の如く手元の操作盤にはエラーの文字が躍っている。
「興奮しながら女性の目の前で美少女を要求とか本気で気持ち悪いですね。そして、相手から好かれるのを待つのではなく、まずは自分が好かれる努力をするべきですよ。相手は貴方の欲求を満たす人形ではないんですから」
「ちょいちょい説教を入れるのは止めて貰えませんかね!? 心の柔らかい所がガシガシ削られて、正直折れる寸前なんですけど!? いいのか? 目覚めちゃうぞ? 美少女に罵倒されて興奮する変態にクラスチェンジしちゃうぞ!?」
「あと、その願いは私の力を大きく超えているので無理です」
「チッ、じゃあいいや。えーっと『君みたいな女神に、ずっと傍にいて欲しい』で」
「は?」
彼の音声に反応して、手元の操作盤が彼の要求を認証する。
加えて自分の身体から転生神としての能力や、本体へのリンクが切断されて行くのが感覚的に分かる。
願いを止めようと慌ててキャンセルと掛けるが、一度承認された物は取り消しが効かない。
「な、何ですか今の願いは!? というか、そんな願いもアリなんですか!?」
願いが受理された事で召喚魔法が開く。
普段はミスが多い癖に、こんな時にばかり迅速な対応をするシステムが恨めしい。
「貴方はどこの背の低い工大生ですか!」
「女神と聞いてやった、今も反省していない……テヘッ」
「死ね!」
「ざんねーん、もう死んでるもんねー。あ、でも今から生き返るんでしたー!」
こうして、彼との冒険の日々が幕を開いたのであった……
ただそれはまた別の話、別の機会にお話ししよう。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます