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一千米先で聞こえた怖い話

海底

作者: 登口下




その時にやっと気づいたのは、美加が私の事を助けようとしてるということだった。









少なくなっていく夏休みの日数を哀しげに数え始めたころ、私たち四人は海に向かう事を決めていた。



場所は某人気海岸。

自分たちも乗せてくれそうな明るい活気。

青くはないけど気持ちよく泳げる暖かい海。

もしかしたらあるかもしれないパラソル越しの素敵な出会い。



別に最後のは本当に期待しているわけではないのだけれど、少なくとも楽しげに過ごせる海を、私たちは謳歌するつもりだった。







三日後、一瞬で紫外線を届けてくれる雲一つない快晴の下、海に群がる褐色の人混みの中に私たちは居た。



未成年のくせに片手に缶チューハイ。

パラソルの下には私たち四人だけ。

声を掛けてくる男の姿はまだいない。

きっと肉食男子と良い女の比率が合わないせいだろう。



ある程度酔いが回り始めた私たちは、ビーチボールを手に、焼けるくらい熱い砂を後ろへ蹴飛ばして海へ走っていった。



酔ったせいで軌道がズレるバレーサーブで笑って、ボールに顔をぶつけて笑って、意外に痛くて泣き笑って。


海のさざ波の音がかき消えるくらいの笑い声をあげて、私たちははしゃぎ合っていた。





ふと、ボールが揺らぐ水平線の側へ飛んで行ってしまった。


ボールの向こう側に人が居るくらい、それほど遠くない距離。



「取ってくるね!」



私が真っ先に取りに向かった少し後ろ、美加がぱしゃぱしゃと不器用に追いかけて来る。


お互いテンションが上がっていて、途中から競争みたいなかたちになった。



二人とも泳ぎは下手だったのだが、若干私の方が早かった様だった。

やっとの思いでボールを手にし、後ろを振り返る。






少し離れた場所に美加の姿。



その後ろ、ぼやける位遠い場所に豆粒の様な人混みがあった。



あれ、そんなに泳いだだろうか?



周りを見渡す。


ボールの向こうに居たはずの幾らかの人の姿はなかった。



少し驚いけど、このくらい泳いで来れたんだ。すぐに戻れば問題ないだろう。



私はボールをビート板の様に両手に持ちながら、海岸へとばた足を始めた。


その時、先ほどよりも近づいていた美加が声をあげていることに気づいた。



「ーーーー」



波の音でかき消されて聞き取れない。


私は近づきながら「なに?」と聞き返した。



「ーーてー」



やはり聞こえない。

私はとりあえず美加の方向へと泳ぎ続けた。






少し経ち、気づいた。



私と美加の距離が縮んでいない。




おかしい。

少なくともいい加減美加の所へ着いてもいいくらいには泳いだつもりだ。


海岸の人混みは相変わらず小さいままだ。



「ーーーえ」



美加も相変わらず何か叫んでいる。



足はだるくなってきていた。

流石に疲れてきた。



少し足を休ませよう。



私は泳ぎを止めて、ボールを少し頼りにその場で浮き始めた。



「つぅかぁまぁえぇたぁ」

「にげてえ!」



同時だったと思う。

美加の叫び声と、纏わりつく様な低い声。


それと、私の肩を掴む青白い手。



じゃぶん。



私は暗くて、なま暖かい海へ引きづりこまれた。



私は水の中でもがきながら、ボールを手放した両手で肩を掴む手を、思い切り掴み返してやった。



ずるり。



私が掴んだはずのぶにぶにの手は脆く崩れさった。

代わりに、足にも、手にも、首にも、顔にも、ぶにぶにの手は崩れながら掴みはじめた。


「ごぼごぼごぼごぼごぼご」


私の耳のそばで、先ほどの低い声が嬉しそうに何か言っている。



私はきが狂いそうになりながら、その手をはらおうと、すいめんにあがろうと、いきをごぼごぼとはきながら、じたばたと、うごきつづけた。








うでに、つよいちからがかかったきがした。



そのちからのほうへひっぱられると、わたしは、つよいひかりにめをつぶり、つよいちからでだきしめられた。
















「大丈夫!?」



ごほごほと口から塩辛い海水を吐き出し、染みる目をゆっくりと開けた。


そこには私の事を心配してくれている、美加の今にも泣きそうなくしゃくしゃの顔があった。













そのあとは、うろ覚えだったので美加から聞いた話。



美加に担がれながら海岸へと泳いでいた私達は、途中でライフセーバーのお兄さんに助けられた。



ライフセーバーの人達と心配して駆け付けてくれた友達には、足をつって溺れていた事にしてくれたらしい。

無駄に恐がらせても仕方ないと思うのは私も同じだった。



結果、帰りはみんな(特に美加)に心配されながらの帰路だったので、炎天下の休日に似合わない湿っぽい終わり方となってしまった。











数日後、夏休みが静かに終わりの数字を数えた日。

蝉の声が聞こえなくなった街路樹が目の前の道路脇に生い茂るオープンカフェに、私と美加は落ち合っていた。



シンプルな木製のガーデンテーブルの上には、この店特製のブレンドハーブティーが二つ、木漏れ日を浴びながら揺らいでいた。


正直まだハーブティーの良さがわからない私は、一口ずつ顔をひきつらせながらすすり、美加に海での出来事の詳細を聞いていた。












あの時、どんどんと海の奥へ進んでいく悠子は、まるでボールではなく、ボールの奥にいた沢山の人達を追いかけている様だった。



どんどんと進む私の友達。



そして目を離した隙にその沢山の人達は忽然と消えていて、海に浮かんでいたのは、悠子一人だった。



その時点でおかしいと思った。

それに嫌な予感もした。



やっと捕まえたビーチボールを持って振り向いた悠子が、とても楽しそうな表情をしていたのが印象的だった。


黒い、見たくないくらいに黒く染まった女の様なモノが、すぐ後ろにいるとは到底思えない、明るい顔だったから。

光の闇。

表と裏。

そんな対象的なモノに、私には見えた。



死者。



直感した時には私は吐き気を催していた。



知らせなきゃ。



少しずつ、泳いで悠子に近づきながら、私はさけんだ。



「にげてえ!」



口に苦い海水がどんどんと入ってくる。

吐き気も邪魔をして上手く声が出ない。



何度も、何度も叫び続ける。



「逃げてえ!」



ようやく私の声が聞こえたのか、悠子が泳ぎを止めた瞬間だった。



友達は、消えていた。



私は一瞬、頭が真っ白になった。









行かなきゃ。

私が悠子を助けなきゃ。



ただでさえ上手くはない泳ぎは、吐き気と、緊張と、恐怖で、さらに不器用さが増していた。


その時はただ友達を助けたい一心だったのだと思う。



がくがくと無様な泳ぎで悠子が消えた地点まで来た頃には、私の息は水しぶきと一緒の空気を吸うのに必死でぜえぜえと音をたてていた。



海の中で手を伸ばしてみる。



しかし何も、触った感触はしなかった。



私は焦りでどうにかなりそうだった。



このままでは、悠子と会えなくなってしまう。


私はまた頭が真っ白になった。



気づいた時には海の中に私はいた。



海の底へとどんどんと進んでいく。



泳ぎが下手な私は、もうずいぶんと奥へと潜った感じがしていた。





少し、何かが見えた感じがした。



あれは、手だ。



きっと悠子に違いない。



私は息が苦しくなってきているのも忘れ、無我夢中でその手を追った。



手を伸ばし、しっかりとそれを掴んでひいてみる。



一緒に体もこちらへ引き寄せる。



悠子だ。


悠子の顔がそこにはあった。


すぐに引き返そうと、私は体を逆方向へ反転させた。


その時に見えたのは、太陽の光、ではなく、黒く、ひしめき合ったソレらだった。

悲しそうな、表情になった、ソレらだった。



私は、今度は恐怖で体が動かなかった。

私も、きっと連れてかれるんだ。

私は、そう思った。




そのあと思った事は、本心だったと思う。



だめ、私たちはあなたたちのもとへは行きたくない。

生きて、あなたたちの分も楽しみたい。



瞬間、光が黒いソレらを引き裂くように、光が現れた。



そして、私たちの体は、不思議と浮く様にして水面へと上がっていった。



ぱしゃん。



ようやく出来る様になった温かい空気を、吸える限り肺に入れ込んでやる。


目の前が鮮明になり、脇に抱え込んだ大切な友達が息をしている事を確かめると、私はようやく安堵した。



そして私は悠子の生きている、温かい体を、噛みしめる様にきつく抱き締めた。












美加は最後に言った。



「アレらは、きっと私たちに希望を持ってくれたんだと思う。私たちに出来なかった事をしてほしいって。」



私は話を聞いたあと、今こうして生きて、この場で大切な友人と話をして、温かいお茶を飲んで、この温かい空気に触れている事が、とても大事に思えた。

とても、心地が良いものに、思えた。




今度は苦手なハーブティーをゆっくりと味を確かめる様に飲んだ。

ようやく、私もこの味を好きになれた気がした。


私はふと思った疑問を口にした。



「ねえ、でも何で私を連れて行こうとしたんだろ?」



その問いに対して、悠子はさほど考えずに答えた。



「先に悠子を連れていったヒト、赤い下着姿だったのね。」



その時、私の中にも一つの答えが生まれた。



友達に確かめるかの様に、確実な情報を口にする。







「そういえば、私、あのとき赤い水着だったよね。」














それからも毎年、その海岸では事故が起きている。



知っている人は、私を合わせても多くはないだろう。





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