【カミツレ】後編
「うっ、わぁ……」
目の前に広がる景色に、沙雪から思わず感嘆の声が上がった。
……その、あまりの普通さに。
「うぅーん……普通だねぇ」
「……そうですよね」
シミジミと言う先輩の言葉に、沙雪も頷く。
お気に入りの写真家が取った写真の撮影場所にたどり着いた沙雪たちであったが、そこにあった風景はあの写真に見られた幻想的で暖かな感じは見られない。
「……でも、これで仁科 勝っていう写真家がいかにスゴいのか分かりました」
笑みを浮かべながらそういう沙雪の言葉を、先輩が引き継ぐようにして続ける。
「たしかに仁科勝の作品って、ありきたりなモチーフが多いよね。これみたいに道端の花とかさ。でも、そういう見慣れたハズの日常風景があの人の手に掛かると素晴らしい作品になる……。なんか、そういうのっていいよね」
ホワン、と笑う先輩の笑顔に沙雪は思わず見惚れてしまう。似たようなことを考えていたということもあって、沙雪は喜びと羞恥で頬が染まった。
(なんか、先輩はこういう場所のほうが似合うな)
気取った景色に映るより、こういったありきたりな日常風景にいる先輩は、とても暖かにうつる。
景色のいいホテルで食事、とか、映画館よりも。近所の公園でデートとか、動物園とか、そういう方が似合う気がする。
そこまで考えて、沙雪は視線を感じて先輩を振り返る。
しゃがんだまま頭上にある先輩の顔を仰ぎ見れば、ほんわかとした先輩の笑顔がそこにあった。
「先輩……?」
「ん、なんか沙雪ちゃんって可愛いなあって」
「かっ、可愛い?」
私のどこが。と否定しつつ、先輩にそういう風に見られているということに内心では舞い上がっていた。
(か……可愛い、だって)
先輩は、こんな風にさらっと口説き文句のようなことを言える人だったのか。
他の女の子にも同じことを言っていたらイヤだなぁと思っている辺り、私も大概惚れているのだろう。
「せ、先輩って、彼女とかいるんですか?」
勇気を出して問いかけると、サラッと答えが帰ってきた。
「あはは、いたら沙雪ちゃん連れて来る前に先にその子のほうを車に乗せてるってー」
「あ……そう、ですよね」
よし、と内心思いながら、これは脈があるのだろうか、と思う。
……先輩の、気持ちが知りたい。
フワリと笑顔の可愛い先輩は、いつも優しいけれど、どこまでが本気なのかその真意が分からないから不安になる。
「あははっ、沙雪ちゃん、葉っぱついてるよ葉っぱ」
「ふぇ!?ど、どこですか」
必死で髪をはたいていると、先輩はぷっと吹き出した。
すると先輩は自然な動作で私の頭にその綺麗な指を乗せた。
「余計に絡まっちゃってるよ」
髪に絡まった葉っぱをそっと取ってくれるときにふいと見上げたときに、想像よりも先輩の背が高いことに気付いた。
(ホンワカしていても、かっこいいんだもんなぁ……)
───思いが溢れる瞬間が確かにあるとすれば、まさにこんなときだろう。
特別なきっかけやイベントなどなくても、人への思いはあるときふと溢れるのだ。
愛しい、と。
「先輩が好きです」
今までに温めた言葉であったはずなのに、緊張することもなく、震えることもなく、ふと口をついて出た。
先輩は大きく目を見開いて、しばらく呆然としたあとニッコリと微笑んだ。
「ありがとう。僕も沙雪ちゃんみたいな子、好きだよ」
「っ……」
(うそ、本当に……?)
なんだか胸がいっぱいで、気持ちが上手く言葉にならなかった。
ロマンチックなムードも綺麗な景色もここにはないけれど、穏やかな日常の景色で始まる恋も、悪くない。
しかし、そんな気持ちも先輩次の一言で吹き飛んでしまうことになる。
「うん、なんか沙雪ちゃんって妹みたいな可愛さがあるんだよねぇ」
「……はい?」
妹ですか?
この時の私の表情は、さぞかしマヌケな顔だっただろう。
何せ、溢れ出た言葉とは言え一世一代の愛の告白だった私の返答に“妹”ときた。
「あの先輩、私はですねぇ……」
「さて、とそろそろ次の場所に移動しますか」
私の返答を聞く前に、先輩はとっとと歩いて行ってしまう。買ったばかりの新車に意気揚々と乗り込むと、運転席の窓から顔を出した先輩は私を呼ぶ。
「沙雪ちゃーん!せっかくだからあっちの方ドライブでもしよーっ」
「……っ、はいはい分かりました!今いきます!」
どうやらこの先輩の辞書に“マイペース”の文字はあっても“察する”という文字はないらしい。
でも、それはそれで良いかもしれない、
「あー…うん、気長に頑張りますよ、私は」
「何かいった?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
たしか先ほど見ていたカミツレという花の花言葉は『仲直り』や『逆境のなかの活力』とかがあったが、それが転じて『純真』とも言われている。
まあ、その花言葉にふさわしく、気長に思い続けてやろうと沙雪は思う。
諦めてなんか、あげない。
妹ポジションをどう返上するかを考えつつ、沙雪は先輩にとびっきりの笑顔でドライブの続きを促したのだった。
FIN
〇おまけ〇
「いいえ、なんでもありませんよ」
そう言って妹とのように可愛がっている後輩、沙雪ちゃんは笑った。その笑顔は普段見せる可愛いだけの笑顔とはどこか違っていて、ドキリとしてしまう。
(あれ、なんだろう。心拍数が上がってる……?)
───この先、妹のような後輩に振り回されるようになることを、当人だけが気付いていなかった。
……本当におしまい。
大分お久しぶりの投稿となりました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです(・∀・)ノ