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第一章1「魔王様は比較的前向き」

 衛藤家最後の魔王こと衛藤颯大は久しぶりの街並みと人々の活気を鼻歌を交えながら見物していた。基本的に能天気がこの男の特徴である。自分が今、経済的にどれだけピンチとか、そういうのは二の次でただ、街並みを楽しんでいた。


 左右直線上にズラッと様々なお店が並ぶ間桜町随一の商店街に颯大は居る。人のごった返したこの場所では、様々な方向から店員の客寄せの声とお客とのやり取りが響き合い、落ち着きのないが活気に満ちた空気が常に流れ続けている。


 いつにもまして颯大が能天気に鼻歌を歌うのにも理由がある。昨日、街に下りてきて直ぐに住むところが決まったのだ。それは、運の良いことに家賃3万円という激安物件で、颯大は即決でそこに住むことを決めた。なかなかのボロさだが、雨風凌げればそれでいいという考えがあるため、颯大は気にも止めなかった。そういう訳で、颯大はなけなしのお金を叩いて足りない日用雑貨を買いに来ている。


「相変わらず凄いなーここは」

 颯大は、忙しなく店内を駆け回る店員、友達同士で笑いながら買い物をする人々を目の端で捉えつつ昔、天野さん率いる召使い軍団にここの商店街で荷物持ちとして拉致られた事をふと思い出し苦笑いを浮かべた。


 単純に今、前を歩く女性に荷物持ちをさせられ、ひいひい言っている男を見たからだ。

あの時ほど、コイツら俺のこと魔王の跡取りだって事忘れてるんじゃないかと本気で思った事はない。


 刻印が消滅するなんて夢にも思ってもいなかったし。


「おっと、思い出に浸ってる場合じゃない」

 はっと颯大は止まっていた足を動かしながら、ジーンズのポケットの中から一枚の紙を取り出しそれを見る。そこには本日購入予定の買い物リストが書かれていた。家を出る前に足りないものを書き出したリストでご丁寧に数や金額の上限まで書いてある細かいリストだ。颯大は魔王とは思えないほどしっかりしている。


 それは損得勘定抜きの仕事を繰り返した父親のおかげで身についた衛藤家の財政を守るために身に付けた悲しい能力だったりするが、それなのに滅びた衛藤家の処理の為に役に立つとは皮肉だなぁと思う。でも、過ぎた事だから仕方ない。


 こんな風に切り替え早く考えられるのも、魔王としては立派だがそれ以外では駄目駄目っぷりを発揮する親を見て育ち、自分がしっかりしなくてはという、子供の頃の決意の撓ものであり、中々肝の据わった青年へと逞しく成長した。あと、遠慮のない召使いの社会勉強、躾の効果が絶大で、礼儀作法も叩き込まれているのだ。


 そんな訳で規則・礼儀正しく無駄遣いのしない、質素倹約で争い事が嫌いな平和を望む魔王らしからぬ魔王が出来上がった。

 そして、魔王というより志しが勇者っぽくなってしまっているのを本人は残念ながら全く自覚していない。


 だが、その魔王らしからぬポテンシャルの高さで颯大は一人で生活することができるのだ。人生、何が役に立つか本当に分からないものだ。



        ※ 




「重いし暑いしもう……しんどい」

 しばらく経ってリストの物をある程度揃えた颯大は、商店街を抜けた所にある公園の木のベンチに荷物を置いて汗だくになっていた。秋が近づいているからといって、残暑が厳しい。


 数ある国の中で日本というこの国は四季があり、時期によって風貌が様変わりするのだ。今は、夏から秋に移り変わろうしている季節だ。真夏に比べて温度は高くはないが、それでも、人がごった返す商店街は暑い暑い。


 颯大は堪らず木の影に隠れているベンチに避難した次第だ。

吹き出す汗を手で拭いながら、ちょっと休憩という感じでベンチに腰を下ろす。


「人混み久しぶりだからつっかれた~」

 そんな感想を独り言の様に小さく呟き、両足を投げ出し両手をベンチに着け天を仰ぐ。いい感じに心地よい風が火照った身体を冷ましてくれる、草木が擦れる優しい音は乱暴な暑さを和らげてくれてる感じがする。

 癒されるとはこの事か。颯大は目を閉じながらしばらく自然を身体に感じる事にした。

 


 慌ただしかった日常が終わりを告げたのがつい先日の出来事。今こうして落ち着いていられるのが嘘のように静かで、自分がつい魔王だということを忘れてしまいそうになる。


「……いや、忘れたらいいのか」

 そして、こういった静かな時の流れは嫌でも深い考えに浸ってしまう。

魔王であって魔王ではない、この時代の魔王の存在意義は軍勢を引き連れ世界征服を目指すわけではない。

 

 魔族の抑制、この一点だ。颯大の父親然り、祖父然り、代を重ねるにつれ魔族による騒動も収束し、颯大の代になる一年前には、魔族による騒動は沈黙していた。

 どのみち魔王は居なくなる。魔族も人間に溶け込み、魔族は消滅する。時間の問題、今回の出来事はそれを証明するための目に見える事柄だったのだろう。


 それでも、魔族の王として、自分が出来ることはないか、魔族が安心して暮らせる様に何か出来ることはないか、ちっぽけな存在になった魔王はそれでも、そう考える。

そして、誰にも知られられない小さな王は決める。


「忘れちゃ……ダメだな」

 よし、と魔王は勢い良く立ち上がる。存在の意味が変わろうとも魔王は魔王。その名には積み重ねられた誇りがある。人間としての生活は大事だが、自分が魔王であることも大事にしよう。いつか、魔王であることに意味が見いだせる時が来るかもしれない。無力になった存在しない魔王は微笑みを浮かべながら日陰から地面を焼く様に照らし出す日射しの下へ出る。


相変わらず暑かったが妙にやる気に満ちた表情で公園を出た。こういうポジティブな考え方もやはり魔王らしくない魔王だった。



     ※

   

 夜も深けた頃、魔王らしくない魔王が決意を新たに今晩の献立を考えながら帰路についていた時、物語は簡単にそして、仕組まれたかのように平凡な日常のスタートラインに待ち構えて――


「…………」

 正確には魔王のアパート前で人が倒れ込んでいた。颯大は足を止めて思わず目を擦った。


 うっすらと青白い光を灯す長い髪、露になっている四肢はほんのりと金色に光り、夜の明かりもない月明かりのみの路地の中で歪つに目立っていた。


 要するに何か光っている少女が道端で倒れているのだ。身も蓋もないが、状況はそんな感じだ。

数秒の沈黙のあと、魔王は止まっていた思考を再稼働させて、再認識する。


――いくらなんでも怪しすぎる。


 平和なご時世に人様のアパートの前で人が倒れているのは常識的にありえない。そして、魔族消滅云々の考え事をしていた矢先に魔王が住むアパートの前に魔族だと思われる少女が行き倒れている現実はなかなかシュールだ。

 

 魔王だから良心的な心が無いわけではない。人が倒れていれば手を差し伸べるし、事情を聞くぐらいも出来る心優しい魔王こと衛藤颯大。


 だが、召使いさん達のおかげで培い鍛えられた本能からこの状況に対してある臭いを感じ取っていた。


 尋常じゃない危険臭がするのだ。本能的に。

 ピクリとも動かない少女の身体に髪は相変わらず魔力を帯びた光を放っているので生きているのは確実なのだが、あからさま過ぎるぐらい面倒事が見え隠れしている。決心した小さな魔王ですら、手を差しの述べるのに気が引けるぐらい。


 とは思いつつも、この現状を放って置くほど彼は鬼ではない。魔王ではあるが。


「生きてるかー?」


 だが、その声を掛けた距離は少女を目視した場所から微動だにしていない。付き人が居るのであれば、このヘタレ魔王と馬鹿にされるぐらいの距離感である。


…………。


 しかし、反応がない。

 意を決して魔王は、ゆっくり絶賛行き倒れ中の少女に歩み寄る。少女は相変わらず俯せの状態から微動だにしない。

 半ば諦めムードで少女の肩に手を掛けて揺さぶる。


「ねぇ、大丈夫?」

「…………」

 全く反応がない事にもしや怪我とかしてるのではないかと焦燥に駆られて、颯大は慌てて少女を仰向けにして抱きかかえる様に頭を腕で支えつつ安否を確認する。

 

 確認して、魔王はこのまま腕を放してやろうかという衝動に襲われた。


 なんてことはない、少女は寝息を立ててだらしなく涎を垂らして寝ていたのだ。しかも、お酒の匂いがする。


「酔っ払いの魔族……」

 ガックリと項垂れて危険視していた自分が馬鹿馬鹿しくなった彼はとりあえず、魔族の娘を起こすことにした。

 こんな光り輝く謎の泥酔少女を道端に放置するわけにもいかない。通報されたら余計面倒ごとになるだろうし。

 

「起きろ~娘さん。寝るなら家に帰って寝ろー。魔族だってことバレるぞー。ていうか、子供が酒飲むなぁ~」


 ペチペチペチと何度か頬を軽く叩くと少女は寝苦しそうに顔を歪めて無意識なのだろが、心地よい眠りを邪魔するなと言わんばかりにパシっと颯大の手を撃墜して、人様の腕の中で寝心地のよいポジションを探すように頭を動かして再び気持ちよさそうな寝息を立てて眠りについてしまった。


「なんて素早く正確な反応……!」


 と少し関心しつつも起きる気配が全くない。困り果てていた時だった。

寝息を立てる少女が寝言だろうが、聴き捨てならない言葉を口にした。


「まおう……さま……」

「この娘……」

 寝顔を見た安心しきった柔らかい表情。少し微笑んでいるようにも見える。こんな幸せそうな顔されて起こせるわけがなかった。

 はぁと溜息をこぼしながらも、魔王の顔もどこか和らいで酔っぱらい魔族少女をそのままスッと抱え上げた。俗に言うお姫様抱っこだ。

 

 カンカンカンと頼りない階段を登る。その魔王の背後から今日買った日用雑貨の詰まった袋が意志のあるようにフワフワ宙に浮いて着いてくる、扉に差し掛かると主を迎えるようにギシギシという木と木が擦れ合う音が響き扉が開いた。


「ありがと」


 短く感謝の言葉口にして中に入り買い物袋もそれに続く。魔王が入ってからすぐに扉がまた勝手に閉じ、勝手に鍵が掛かった。


 そして、中に入った魔王は、少女を布団に寝かせると――


「今日は雑魚寝だな」


――そんな、ちょっと機嫌の良い声が聞こえ、疲れていた魔王は電気を消してそのまま、寝ることにした。

明日になれば、全てがハッキリするだろう。欠伸を噛み殺して、頭の後ろに両手を回して睡魔の赴くままゆっくりと瞼を閉じたのだった。



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