プロローグⅠ
毎日夕方五時。俺は戦場へと旅立つ。全ては愛すべき家来のため、俺を信頼して待っている家来の為に俺は戦う。そう、このタイムセールという怒涛の時間帯を勝ち抜く為に……
ギラギラと目を光らせ店員の号令を待つ歴代の戦士達。家庭という自分が守るべき城を守るため他者よりも早く安い商品を狙い、奪い、そして手に入れる。それがその戦士達の戦い。一つの油断が命取りになる。優しさが自分の首を締める。手にとってカゴに入れるまでが戦いだ。
けして手にとっただけで安心してはならない。戦士達は手に取った物まで狙ってくる。蛇の様に静かにそして絡めるように一瞬の安堵という隙を狙ってくるんだ。
俺はそれをこの一週間で学んだ。学んだが、未だ一度としてあの特売豚のバラ売り一キロ500円をこの手に掴んだことがない。
そして、今日も……
「タイムセール開始し――――うわぁっ!? 走らないでくださーーい!!」
戦士達は店員の防御壁をいとも簡単に突破し自ら求める食材の元へ走って行く。俺もその中にいた。
狙うは特売品たまご一パック78円お一人様2パックまでという激熱商品。
喧騒の中、何人かは卵を手に入れているようだ。まずいっ! あのペースだと俺の手が届くころには、たまごが無くなってしまう。
落ち着け落ち着くんだ俺。ここで卵を奪取しなければ今月の家計に大打撃、そして、家来たちに顔向けできない。
そうだ、壁の薄い所を見定めそこを攻めるんだ。そして、俺は目を凝らし集中して狙いを定め一気に手を伸ばした。
ガシッと確かな手応えッ!これは頂いたに違いない。その瞬間、店員からの号令により卵完売しましたーっ!!ありがとうございます。という事が告げられる。
「ふぅ、何とか手に入れたな家計の要」
戦士達は散らばっていく。手に入れられた者手に入れらなかった者もいただろうがそこは屈強な戦士。気持ちを切り替え新たな食品を求めて旅立っていく。
俺は安堵のため息を吐いてまだカゴに入れられてない卵パックを入れようとして、卵売り場の前で一人空っぽになったケースを見て呆然としている女の子を見つけた。
ん? 小学生くらい……かな? 買えなかったのか……可哀想だがここは戦場、強者が勝ち弱者が負けるまさに弱肉強食の戦場だ。
それが現実なんだ少女よ。現実を受け入れて自身の成長の糧に――――
「初めて、うっ、お使いぃ、なの、にっ、に怒られちゃ、うぅぅ……ひっ……」
………これはまぁ、何というか……特例と言うことで……
俺は入れかけた卵パックを少女の持つカゴの中に入れた。
「ふぇ?」
今にも泣き出しそうな少女は目に涙を浮かべて不思議そうにこちらを見上げてきた。
「お母さんには内緒な?」
「……」
しばし、笑顔でその子な頭を撫でてから、俺はその場を後に野菜コーナーへとやってきた。
分かっててもやっぱ出来ないもんはできないという鬼になりきれない自分がいる。だから、家来達にアホにされたりするんだろうか? まぁ自分でも分かってはいるんだけどね。
「う~ん、キアレちゃん達怒るだろーなぁー」
それにしてもさっきの子、あれが初めてのお使いって……いきなり猛者が集結するタイムセールってレベル高すぎじゃないか? お母さん、娘さんトラウマになりますよ。