〜9〜
僕と美冴は並んで遊歩道を歩いていた。沈みかけた夕日の名残に溶け込んだ公園は、オレンジ色に染められていた。
やがて、公園の出口に差し掛かると、僕と美冴は行く先を見失ったように足を止めて、その場に佇んだ。メルシーは黙ってそんな僕たちを退屈そうに見上げていた。
まだ一緒にいたい、なんてことを口に出すには、僕たちはまだ共有した時間が少なすぎた。でも、ここで何もしなければ、もう二度と美冴と並んで遊歩道を歩くことはできないような気がしていた。
金縛りにあったように動けないでいる僕の傍らで、美冴は俯けていた顔をそっと上げた。
「じゃあ私、こっちだから」
そう言って、美冴は僕と反対方向の道へ足を踏み出した。
さようなら。
美冴がそう言ってしまう前に、僕は何かをしなければいけなかった。それなのに、息が詰まって、僕の体は言うことを聞こうとしない。
美冴が僕の元から離れていく。
「さようなら」
一度立ち止まった美冴は、僕を振り返って、言葉を発した。僕は「さようなら」と言葉を返した。
少しの間、美冴は僕を見つめていた。まるで、僕に何かを訴えるみたいに。
そして、美冴は僕から目を逸らして、僕とは反対の道へゆっくり足を踏み出した。
(引き止めて……)
その声は一筋の風のように僕の中をすっと通り過ぎていった。
(お願い……)
美冴が、僕の名前を呟いた。
僕は握っていたリールを手放した。メルシーが不思議そうに僕を見上げた。僕はしゃがみこんで、メルシーのお尻をポンと叩いた。
メルシーが全速力で走って、美冴の後を追っていく。短い鳴き声を聞いて、美冴は驚いたようにぱっと振り返ってから、向かってくるメルシーをしゃがんで抱き上げた。
美冴が僕の元へ戻ってくる。
困ったような、戸惑ったような、図りきれない微笑を僕に向けて。
「学校が終わったら、大抵この公園を散歩してるから」
僕がそう言うと、美冴は、言葉にならない驚きを瞳に宿して、僕を見つめた。
「また、ここで会えるかな」
少しの沈黙の後、美冴は控えめに声を出した。
「私も、学校が終わったらいつもこの公園にいるから」
美冴の腕の中で、メルシーが短い鳴き声をあげた。
僕たちは、静かに微笑みあった。
そのときだけは、僕の中に流れ来る美冴の声は、悲しみから解放されていた。