〜4〜
「俺、本多のこと好きなんだよな」
「え、そうなの?」
「へへ、誰にも言うなよ?」
そう言って僕に照れ笑いを向けた後、健太はもう一度視線を横へ滑らせた。健太の視線の先には、サッカーをしている賢治とタケシ君と大谷君、それに江本さんと、川田さんと山川さんと篠田さんと美冴がいる。そして、僕は健太の横顔を見ながら、きっと今、健太の目には美冴しか映ってないんだな、と思った。なんていうか、言葉ではうまく表せない表情を健太はしていた。同い年の僕から見れば、大人びた、大人から見れば、子供じみた、そんな穏やかで、濁りひとつない表情。
僕は健太に習って、サッカーをしている八人の中から、美冴だけを視界の中に留めてみた。健太にできるなら、もしかしたら僕にも。でも、健太のような穏やかな表情は多分僕にはできていない。半分驚いた、半分戸惑った、そんなちぐはぐで情けない表情をしていると思う。見なくたって、それぐらい分かる。そして、だから僕はすぐに美冴から目を逸らした。
健太のほうへ視線を滑らせたのは、ただの偶然だろうか。そんなこと、健太と目が合ったせいで考える余裕なんてなかったけど、健太と目が合った瞬間、胸の中で僕の心臓がドキリと高鳴ったことは、確かだった。
もしかしたら、健太も僕と同じように美冴だけを映した僕の横顔を見ていたのだろうか。
僕は健太にどう声をかけていいか分からず、ただ健太の目を見つめ返した。そして、健太も僕と同じように、僕に声をかけずにしばらく僕の目をただ見つめていた。
健太は僕を試したのだろうか。
僕が、健太の言葉のすぐ後に美冴に目を向けるか。どんな顔をして、美冴を見るのか。
「大丈夫だよ」
それだって、どうしていいか分からずに出た言葉だった。でも、僕にはそうして逃げることしかできなかった。
「誰にも、言わないからさ」
そして、僕は下手くそな笑顔を作った。
「そっか」
抑揚のない健太の声が返ってくる。それからすぐに、一試合終えた美冴たちが僕たちの座るベンチの元へ集まってきた。
「あー疲れた」
「やっぱ、男子と女子別々に分けたら試合になんないよ」
「なに言ってんだよ。ちゃんとハンデやってるじゃん」
「そうだよ。こっちはわざわざ一番うまい健太抜かしてやってるのによ」
「あと、藤堂君もね」
賢治とタケシ君が女子の苦情に反論した後に、美冴はそう付け足して控えめに笑った。
「そうだよ。こっちは三人でやってんだぜ?」
「なによー。ハンデくれるなら、藤堂君そっちのチームに入れてよね」
そう言われても仕方ないほど下手くそなので、もちろん僕は反論しない。
「おいおい、聞いたかよ、護。なんか言ってやれよ」
健太はそう言うとベンチから腰を上げた。
「いや、僕がサッカー下手なのは事実だから」
「っていうか、藤堂君ってサッカーだけじゃなくて全体的にだめじゃん。スポーツ系」
「アホ。護だって本気だせばお前らよりうまいっての」
「ってか、本気出さなきゃ私たち女子に勝てない時点でだめだめじゃん」
そこまで言うか。
「お前らなあ――」
健太がそう言って、川田さんと山川さんに詰め寄ろうとしたとき、美冴が三人の間に割って入って「はいはい、ケンカはそこまで」と涼しい顔をしてパンパンと手を叩いた。
「次は公平に男女混合でやればいいでしょ?」
「あ、僕はいいよ」
美冴の言葉を聞いて、すかさず棄権を宣誓する。もともと人数あわせのためにここにいるのだから、わざわざ僕がサッカーまでしてやる義務はない。
「えー、だったら人数合わなくなるじゃん」
「そうだよ。それに藤堂君、さっきから一度も参加してないし」
「ずるしないでよー」
お前らに、女子にも劣る運動能力しか兼ね備えていない哀れな僕の気持ちが分かってたまるか、と心の中で毒づきながら、苦笑いを浮かべる。すると「じゃあ、私抜けるよ。それなら人数合うしいいでしょ?」と美冴が助けに入ってくれた。
「えー、いいの美冴」
「うん。私疲れたから、パス」
「んじゃ、グッパしてチームわけしようぜ」
ようやく話がまとまり、試合が開始される。僕は、チームわけで散々不満を漏らしながらも、いざ試合になると楽しそうにはしゃぐ女子たちの姿を見て、思わず苦笑した。
「理恵たちも素直じゃないよね」
僕の苦笑に応えるように、美冴はそう言って、ふふ、と笑った。
「ほんとは、好きな人と一緒のチームでやりたいくせに」
笑いかけてくる美冴と目が合って、僕は思わずすぐに目を逸らしてしまった。健太の言葉が、まるでトゲのように僕の胸に張り付いてはなれない。そのせいで、美冴のことをうまく見ることができなかった。でも、美冴はそんな僕の反応を、別のことに関連付けたみたいだった。
「ねえ、藤堂君」
僕は、うつむき加減のまま、目だけを美冴に向けた。
「やっぱり、心配だよね」
「え?」
「おばさん、入院してるんでしょ?」
美冴の言葉に、僕は答えに困って美冴を見つめ返した。
僕からは母さんが入院したことは誰にも伝えてはいないので、おそらく、美冴はそのことを姉さんから聞いたのかもしれない。美冴がうちに遊びに来ることはしょっちゅうあったし、家に母さんの姿がないことに気づいたとしても不思議ではないし、美冴と仲のいい姉さんが美冴の性格を考慮した上で、そのことを美冴に打ち明けていたとしても、不思議ではない。
「別に、無理してみんなに付き合うことなんてないよ」
美冴は一度僕から視線を外すと、もう一度そっと僕に目を向けて声を出した。
「別に、そういうわけじゃないよ」
「そう?」
「うん。それに、家にいるより気が紛れるしね」
「藤堂君」
美冴はきゅっと目を細めて、僕を見つめた。誰かを思いやるとき、美冴は必ずその誰かにそんな目を向ける。悲しみと寂しさの同居したような、そんな優しい目を。小さい頃から、僕はよく知っている。
「大丈夫だよ。僕も、お母さんも」
「そうだね」
目を細めたまま僕に微笑みかけて、美冴はそっと僕から目を逸らした。
大丈夫だよね。
不安そうに小さく呟いた美冴の声は、かすかに僕の耳に届いていた。美冴も、僕と同じぐらい母さんのことを心配してくれていた。そして、僕のことも。
美冴のその想いが、ただの幼馴染に対してのものだとしても、それは十歳の女の子の偽りのない心情を映し出したものだった。
美冴の想いを、僕は美冴の横顔を見つめながら、見つめた。
それはすごく繊細で、とても優しいものだった。