〜2〜
夕日の深いオレンジ色に目を向けて、僕はその傍らに立つ人影のシルエットをじっと見つめた。目を細めてみると、そのシルエットがいつも見ているものと違うことに気づいた。
なんだろう?
そう思いながらそのシルエットをにらんでいると、確かにそのシルエットはいつもの母さんの明るい声とは違って、不機嫌そうな沈んだ声で僕の名前を呼んだ。
「護」
僕は、細めていた目をさらに細めて、そのシルエットの輪郭を確かめた。公園の中に入ってきたそのシルエットは、すぐに夕日のオレンジに馴染んで、見慣れた姉さんの姿を映し出した。
「お姉ちゃん」
「ご飯できたって。帰るよ」
「うん」
僕は、まだサッカーを続けている賢治とタケシ君と健太に「バイバイ」と声をかけてから、姉の後ろについて公園の入り口を通り抜けた。
アスファルトは、いつもと同じように夕日のオレンジ色に照らされていた。少し生暖かな風が、汗の染み付いたシャツの上をやさしく撫でて、僕の体を通り抜けていく。
いつもなら、学校から帰ってから公園で遊んでいる僕を呼びにくるのは、母さんだ。姉さんが今まで僕のことを呼びにきたことは、一度か二度ぐらいしかなかった。
「ねえ」
僕は夕日に向かって歩く姉の背中に、なんともなしに声をかけた。
「お母さんは?」
すぐに返事は返ってこなかった。返事の返ってくるまでの間、僕は少し前を歩く姉さんの背中をずっと見つめながら、姉さんは、後ろを振り返らずに、ただただ前を見て黙って歩いていた。
やがて、姉さんは僕の少し前を歩きながら、独り言のように声を出した。
「母さん、入院することになったって」
「入院?」
「うん。検査入院らしいから、今日は家には帰れないって」
検査入院。
僕は言葉の意味もよく分からずに、姉さんの言葉を呟いてみた。最近母さんが体調を崩していたことは知っていたし、入院の言葉の意味も知っていた。でも、僕がそれをよくない出来事だと理解できたのは、入院という言葉よりも、母さんが家には帰れないという事実のせいだった。
「お母さん、大丈夫なの?」
「当たり前でしょ」
姉さんは、やっぱり振り返らずに、それでも今度は僕の声にすぐに不機嫌そうな返事を返した。
長い坂道を、僕と姉さんはそれから一言も言葉を交わさずに、歩いた。
いつもなら、母さんが僕のすぐ横を歩いているはずで、今日あった学校の出来事を僕に聞いてきているはずだった。今日はテストの返ってくる日だから、そのことで僕を脅かしていただろうし、珍しく返ってきたテストの点数がよかった僕は、いつもと違って胸を張って「まあ、楽しみにしててよ」なんて言っていただろう。そして「あら、強気だこと。珍しい」なんて言って、僕の肩をぐりぐりとグーで押し付けながら、母さんは悪戯っぽい笑顔を僕に向けていたはずだ。
そのいつもを考えながら、僕は黙っていつもと同じ帰り道を帰った。
いつも母さんとしゃべりながら帰っていたときはすぐに家に着いていたのに、そのときは家までの道のりを妙に長く感じていた。