〜12〜
帰り道、田んぼ道の真ん中で僕は足を止める。
(藤堂君……)
僕は目をつぶって、その声の響きに聞き入る。
僕と別れるとき、美冴は家路を辿りながら、いつも今日あった出来事を振り返る。
学校であったこと、印象に残ったこと、友達との会話。そして、僕との時間。
美冴は、丁寧に僕の言葉の一つ一つを手繰り寄せて、大切にそれを胸の中に閉まっていた。何気ない僕の仕草一つ一つが、美冴の心を満たしていく。
(藤堂君……)
届かないことを知りながら、心の中だけで僕を呼びかける美冴の声を、美冴の知らないところで僕は聞いている。
この幸福感は美冴のものであって、僕のものでもあった。
しばらく、僕は目を閉じたまま美冴の声を聞いていた。そして、それは満たされた心の隙間を縫うように、唐突に美冴の心に入り込む。
すっと、静かに途切れる美冴の声。訪れる、一瞬の静寂。
そして――。
(ごめんなさい……)
暗闇の中に響く、今にも消え入りそうなほど儚い美冴の声。
美冴の心に、言い知れない悲痛な何かがじわり、じわりと染み込んでいく。
僕は、思わず自分の胸に手を当てた。多分、今美冴もそうして、心の痛みに耐えているような気がした。
(ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……ごめんね……)
誰に向けてのものか分からない罪悪感を抱えて、美冴は何度も誰かに謝り続ける。何度も。何度も。
美冴は、幸福感に包まれながら、罪悪感にもとらわれていた。異なる二つの感情は、折り重なりながら美冴の心を捉えて放さない。
僕は感じていた。
その二つの感情の原因が僕であることを。
美冴は、僕といることを望んでくれている。でも、そうすることで美冴は目には見えない罪悪感に苛まれる。その罪悪感は、拭い去るには大きすぎて、捨ててしまうには美冴に浸透しすぎていた。
やがて、その罪悪感が過ぎ去ると、美冴の心は空っぽになる。
そのとき、僕は美冴が涙を流していることを知る。
その感覚は、悔しいというより辛かった。辛いというより悲しかった。悲しいというより切なかった。切ないというより愛しかった。
いつかに似た感情が、僕に喪失の予感を植え付けていく。僕は、胸に当てた手をぎゅっと握り締めて、その場に立ち尽くすことしかできずにいた。