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すみれの瞳の姫君  作者: 小夜
第八章
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神よ、最後の願いです! … 2


 モナの後ろ姿を目で追っていたローレリアンは、掘立小屋の前で剣戟がはじまったのを見て、はねるように立ちあがった。


 そこらじゅうにマイカの実が散乱し、つぶれた実の赤い汁が飛び散った。


 すぐにも駆け出そうとする体を理性で叱りつけ、いったい自分はどうするべきなのかを必死で考える。


 頭に血が登って、考えがまとまらない。


 そのほんの一瞬の間に、打ちあいは路地の奥へともつれこんでいく。


 武器ももたずに、あのなかへ飛びこんでいくのは愚の骨頂だ。


 木の実を取るときにつかった小刀くらいなら、そばにあるが。


 しかし、プロを相手に神学生の自分が小刀をふりまわしたところで、状況が変わるとは思えない。


 小屋のなかへ駆けもどって、もっとましな武器を調達するか?


 いや、だめだ!


 もたもたしていたら、モナを見失ってしまう。


 ローレリアンは何としてでも、モナを助けたいのだ。


 女将さん達が悲鳴をあげながら逃げていく。


 抜き身の剣をかかげたモナの護衛が広場を駆けぬけていく。


 体中の血管という血管が、脈動している。


 搏動する血液の流れが言葉となって、ローレリアンの耳の奥でこだました。


 行動を!


 行動を!


 行動を!


 おちつけ。


 行動を起こさなければ!


「ラッティ! 裏道だ! 裏道を先回りして、モナを逃がすんだ!」


「こっちだ、兄ちゃん!」


 ローレリアンの怒声とともに、子供達がいっせいに走りだした。


 下町の迷路が、唯一、ローレリアン達の武器だった。うまくモナの行く手に回りこめれば、地図に載っていない道を知りつくした子供達が、彼女を逃がしてくれるはずだ。






     **   **   ***






 下町の迷路に迷いこんで困りはてたのは、暴漢だけでなく、モナ達もだった。


 最初のうちこそ曲がり角を曲がるたびに、方向を見失わないよう角度を記憶にとどめようとしていたが、下町の道は曲がって三歩で次の曲がり角にであったりする。慣れない者が方向を見失わないようにするのは、不可能だった。


 恐ろしいのは、城壁の下に追いつめられることだ。


 下町の最も貧しい地区が城壁にそうように広がっているのには理由がある。


 もともと、その土地は、街をぐるりと取り巻く、空き地だったのだ。


 アミテージは古い街だ。その昔、まだ王国に街を丸ごと襲うような武装した流民集団が徘徊していたころ、城壁の外から火矢を射かけられて街に火事を起こされないように、城壁のすぐ下には建物を建てることが禁じられていた。


 時代が移って、今ではだれも、その法律に目もくれなくなった。


 そして、空き地に勝手に家を建てて住み着いたのは、土地や家を失って都市に流れてくる、貧しい人々だったわけだ。


 酔っ払いの護衛が足止めできた暴漢は、たった二人だった。おまけに、まぬけな彼らは、とっくに守らなければならない侯爵令嬢を見失っている。


 アレンとモナが逃げなから敵と剣を交えるのも、そろそろ限界だった。


 モナの剣が男に対しても冴え渡るのは、相手が礼儀正しく試合をしてくれる紳士だからだ。


 アレンの剣もたいした腕前だったが、三人の成人したたくましい男が、なりふりかまわずくりだす剣を、十五才の少年と少女が二人で受けとめつづけられる時間など、たかが知れいていた。


 息があがり、目がくらむ。


 そして角を曲がった瞬間、無情にも二人の目の前に、アミテージの城壁が立ちふさがったのである。


 アレンは目に流れこんだ汗を手で払った。


 汗にはほこりが混じっていたらしい。


 えらく眼が痛む。


 こんな理不尽なことが、あっていいのか。


 俺は命に代えてもモナさまを守る覚悟だ。


 だけど、追いつめられて、多勢に無勢で、どうやってモナさまを守ればいいんだ!


 チクショウ!


 なにが三千有余の神々だ!


 神様は、いつも俺達を見ているだけじゃないか!


 もう二度と、神様にありがとうなんて言うもんか!


 暴漢が、じりじりと距離をつめてくる。


 どうする?


 一か八か、正面につっこんでみるか――。


 アレンが迷った、その瞬間である。


「モナ! こっちだ!」


 頭上から降り注いだ大声に、視線が吸いあげられた。


 城壁にはりついている塀の上から、ローレリアンの手が……!


「いいぞ、神学生!」


 アレンは一気に自分の背中でモナを壁ぎわまで押しこんだ。


 つい先ほど呪った神々へ、祈りたくなる。


 神様、感謝だ!


 神の使いは金髪の神学生!


「早く手を、こちらへ!」


「モナさま! 行くんです!」


 あせった暴漢がむちゃを承知で切りこんでくる。


 アレンの剣が火花を散らす。


 一瞬、剣と剣が結びあって、動きが止まる。


 そのすきに、もう一人がアレンの胴を払う。


 モナの剣がそれを止める。


「チクショウ、なにやってんだ! 早く行け!」


「いやっ! そんなことしたら、あんたが死んじゃうじゃない!」


「いいから早く行けっ!」


「いやあっ!」


 モナの両目からは、涙が吹き出していた。


 どうして、大好きな人達は、みんなこんなに自分を大切にしてくれるのだろう。


 死んでしまった騎士達も、死にかけて片目を失ったアストゥールも、どんなことがあっても母親の優しさで見守ってくれるシャフレ夫人も、アレンも、どうしてこんな馬鹿な小娘を大切にしてくれるの?


「リアン兄ちゃん!」


 子供達の悲鳴が折り重なった。


 アレンは笑った。


 嬉しくて笑った。


 神様のお使いは大馬鹿野郎だ! 


 武器ももたないのに、剣戟の真っただ中に飛びこんで来やがった!


 女が逆らえない男の力で、モナの腰が捕まえられる。


「放してっ!」


「ラッティ! ひっぱり上げろ!」


「姉ちゃん、手え出せ!」


「いやだったらあ!」


 あと少し、あと少しで、モナさまを逃がせる!


 ―― ここで死んでもいい! ほんの少しの時間が稼げるなら!


 アレンは剣を握りなおし、三人の男の真ん中へ飛びこんでいった。


「アレン! いやだあぁぁぁぁ――――っ!」


 モナの絶叫は、もうアレンの耳には届かなかった。


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