正義と陰謀 … 6
そのあと一同は、ラッティを掘っ立て小屋につれ帰って、手当てをした。
痛たがってはいるが、深刻な傷はない。子供の回復力なら、二、三日寝ていれば元気になるだろう。
そうローレリアンが告げたら、モナは床のうえに藁とボロ布を敷いただけの粗末な寝床に横たわっているラッティの髪をなでながら言った。
「えらかったわねえ、ラッティ。あんな目にあっても、盗ってないものは盗ってないって、真実を言いつづけたんですって?
あんたは本当に賢くて、いい子だわ。わたしも、この家の仲間も、みんな、あんたを誇りに思うわよ」
少年の顔がくしゃくしゃになった。
すがるようにモナを見あげる瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「だって、盗ってないんだ」
「うん、わかってるよ」
「信じてくれるのは、姉ちゃんだけだ!」
ラッティはモナの膝にしがみついた。
大声をあげて泣く少年を、モナはただ抱きしめた。ちゃんと分かっていると、くりかえしながら。
ローレリアンは、その場にいたたまれなくなって、小屋から外へ出て行った。
ラッティは悟い。
ローレリアンでさえ、元スリの少年を疑ったことに気がついたのだ。
たかが5カペと思った。
どうやって親父を言いくるめて、ラッティをもらい受けようかと考えていた。
銅貨がどこへ行ったかの言い分の真偽についてだって、ラッティにはたずねまいと思った。
「なんて傲慢な……!」
晩夏の午後の陽射しが強く当たった井戸端には、人気が無かった。いつも近くの石段にすわって縫い物をしている少女達は、もっと涼しいところへ避難したのだろう。
井戸の雨除けの屋根が、濃い小さな影を地面に落としている。
ローレリアンは井戸端に膝を抱いてすわった。
首筋につきささってくる強烈な陽射しが、まるで自分に与えられた天罰のように感じられた。
わたしには、自分のことしか見えていなかった。
ラッティに見ぬかれた。
聖人面で子供達のめんどうをみているローレリアンが、本当は、誰も、何も、信じていないことを見ぬかれた。
ふいに、頭の上から話しかけられた。
「ローレリアン?」
モナだ。顔をあげられない。
「どうしたの?」
「ちょっと、自分に腹が立っているだけです」
「まあ、どうして?」
「どうしてって?!
それは、わたしの方が、あなたに聞きたい。
どうしてあなたは、あの状況で、ラッティを信じぬけたんだ」
モナが隣りにすわってきた。
声が急に近くなった。
「毎日会って、話して、字を教えたりしていれば、わかるもの。あの子がとても賢い子で、一生懸命なのは」
「いっしゅんも、疑わなかった?」
「ええ。でも、考えなしだったわ。
いつもわたしは、行動してから後悔するのよね。
もし、銅貨が転がりこんだのが道具箱の中じゃなくて、排水路や石畳のすきまだったりしたら……、かなり、こまったわよね。
ラッティを傷つけたかもしれない」
「そんなことはない。
あなただけは信じてくれると、ラッティにはわかっていた。
だから、自分は正しいと、がんばれたんだ。
わたしは駄目だ。疑ってしまった」
「それは、あなたがわたしより、貧しさの意味を深く知っているからじゃないのかしら。
わたしはただ、自分の目で見たことを信じているだけだもの」
視線をあげて横を見たら、モナの心配そうな顔がすぐそばにあった。
すみれ色の瞳は、まるで咲初めの莟のように、しっとりとした光沢を放っている。
「このごろのあなたは、何だか苦しそうに見える。なにか、力になれることはない?」
モナの指が、ローレリアンの頬にふれた。
指の感触は、かさついていた。
モナの手は、子供達を行水させたり、一日針を動かしたりしている手だから。
でも、暖かな手だった。
「ローレリアン……?」
きっと、疲れているのだ。
暖かな手に慰められて、涙が出るなんて。
モナに頭を抱き寄せられた。
彼女の黒髪からは、太陽の匂いがする。
涙が止まらない。
「モナ……」
ただ、慰めてくれる人の名前が、口をついて出た。
たった一人、信じてくれる人がいるだけで、人間は強くなれる。
自分もラッティのように強くなりたいと、ローレリアンは思った。
正しいと信じる道を、選びとる男でいたかった。
夕方になって、続きの投稿をしようとして気が付きました。
「正義と陰謀 その6」投稿エラーになって、なろうのサーバに反映されていませんでした。サーチの更新宣伝からおいでになって続きが読めなかったお客様、申し訳ありませんでした。
次回からは、必ず反映されたのを確認しますm(__)m