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すみれの瞳の姫君  作者: 小夜
第七章
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正義と陰謀 … 5


 ラッティの親方とは、貧しい子供達に靴磨きの道具を貸して、道具の貸し賃と称して売り上げのほとんどをピンはねする、悪どい親父のことである。やり方が汚いと知っていながら、この親父のところで子供を働かせなければならないほど、下町の貧しい地区の住人の生活は困窮しているのだ。


 おおかたラッティは、酒が入った親方の気に障ることでも言ってしまったのだろう。粗暴な人間の酒には、暴力がつきものだ。


 そんなことを考えながら、ラッティの仕事仲間の少年に先導されて、ローレリアンは迷路のような路地の中にある家へたどりついた。


 家の中からは、激しい言い争いの声が聞こえている。


 その声を聴いたローレリアンは、あわてて親方の家へ飛びこんだ。言い争いの声の主は、モナだったのだ。


「このクソ親父! ちゃんと話も聞かねーで、子供をボコボコに殴るなんざ、犬畜生より劣るじゃないのさ! 脳ミソ腐ってんだろっ?! 頭、たたいてみな! カラッポ、カラッポって音がするからっ!」


 下町言葉が堂に入っている。モナの環境適応能力は、かなり高いようだ。


 部屋を見まわすと、床の隅に、うずくまったラッティがいた。この辺りの家は、建材を少しでも節約するために一階が土間になっている所が多い。ラッティは泥だらけだった。


 アレンが彼の切れた唇に、布を当ててやっている。


 ローレリアンもかがみこんで様子を見てやろうとしたら、ラッティは痛たがって身をよじる。驚いて服をめくると、腹をかばって体を丸めていたせいだろう。ラッティの背中や尻には、無数の痣ができていた。


 酔っ払い親父が、大声でわめく。


「このガキは売り上げを、ごまかしやがったんだ! 盗人には盗人への礼儀ってものがあらあ!」


 モナが怒鳴りかえす。


「盗んでないって言ってるでしょう!」


「こいつはスリだった小僧だぜ? 真面目に働くって言うから可哀相だと思って働かせてやったのに、俺を裏切りやがって」


「盗んでないって、言ってんの! あんたには耳がないのか、クソ親父!」


 モナは雄々しく親父をにらんだ。


 だが、ローレリアンには、モナのまねはできなかった。懐から財布を抜き取られそうになったところを捕まえて、あの掘っ立て小屋にラッティをつれていったのは、他ならぬローレリアン自身なのだ。


 言い争いが激しさを増す。


「盗った!」


「盗ってない!」


「盗った!」


「盗ってない!」


 これでは、いつまでたっても埒が明かない。


 ローレリアンは親父にたずねた。


「いったい、いくら無くなったのですか」


「5カペ」


 親父以外の人間が、全員鼻白んだ。


 銅貨一枚だ。


 銅貨一枚で、ここまで子供を痛めつけるとは。


 親父は鼻で笑った。


「たとえ銅貨一枚だって、人様のカネに手をつければ泥棒だってことをな、こいつらは体で教えてやらなけりゃ、わからねえんだ」


 部屋の奥では、固まった子供達がおびえている。


 ラッティは見せしめなのだ。


 ローレリアンは本当に盗んでいないのか、本人に確かめるべきかどうか悩んだ。


 今の苦しい生活にくらべたら、スリをしていたころのほうが、はるかに楽だし自由だったはずだ。ラッティは軽い気持ちで、小銭に手を出してしまったのかもしれない。


 でも、盗んでいないのなら、真偽をたずねられただけで傷つくだろう。悪くすれば、また路上でスリをする生活にもどってしまうかもしれない。


 ほんの出来心で売り上げをくすねてしまう、子供達の気持ちもわかる。だからこそ親父は、見せしめになるような犠牲がいると、容赦しないのだ。


「ごうつくばり!」


 モナが、きっぱりと言い切った。


「ぬぁんだとぅ?!」


 親父がいきり立つ。


「ラッティの道具箱をもってらっしゃい! 今ここで、もう一度、調べるのよ!」


「調べたって出てきやしねえよ。くすねたカネで、焼き菓子でも食ったんだろう」


「ふんっ! 子供がお腹を空かしてるって知ってて、銅貨一枚まで巻き上げて! だからあんたは、ごうつくばりだって言うのよ!」


「このアマ、カネが出てこなかったら、どうなるか……」


 と、言いながら親父が靴磨きの道具箱を机の上にひっくり返すと、耳になじみのある金属音が、あたりに響いた。


「ちゃりーんって、これ、なによ?」


 モナが机の上で回っている銅貨を指差した。


 よく回る。


 最新の鋳造技術で作られた新銅貨だ。


 だん! と、激しく机がたたかれた。


 銅貨が跳ねて、ひっくり返った。


「この落とし前、どうつけようってぇの?!」


 冷え冷えとした光を放つすみれ色の瞳に気圧されて、親父は後ずさった。


 あわてて、部屋の隅に固まっている子供達にむかって怒鳴る。


「てめえら、糞ガキをかばうために銅貨を道具箱に入れやがったな!」


 アレンはうろたえた。


 モナさまは、今、まちがいなく切れた。


 ぶっちりと、切れた。


 切れたモナさまが、何をするか……。


「わ――――っ! モナさまっ、やめて!」


 わめいたときには遅かった。


 モナのスカートが跳ね上がり、抜き身の剣が親父を襲った。


「たっ、助けてくれ――――っ! 殺される――――っ!」


 親父は、すぐに部屋の隅へ追いつめられた。


 刃が親父の額に押し当てられる。


 はらはらと舞い落ちたのは、親父の眉毛だ。


「いいこと? 夜道の背後には気をつけなさい。今度、子供を殴ってごらん。次に削がれるのは、あんたの、耳よ? ちゃんと使ってない耳なんて、あんたには、必要ないでしょうからね」


「わ――――――っ! わ――――――っ! わああああ――――――――っ!」


 モナに耳をつかまれた親父は絶叫した。


 モナが背負った迫力は、闇の世界の元締めも顔負けというほどに激しいものだったのである。




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