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すみれの瞳の姫君  作者: 小夜
第五章
14/40

社交サロン … 3


 帰りの馬車の中でアレンはモナにさんざん怒られたが、どこを吹く風で聞き流した。


 痛い尻をかばって、ゆれる馬車の中で手摺りにつかまって立っていれば、それが免罪符である。モナも、アレンに自分の話をきちんと聞けなどとは言わなかった。


 モナは怒り狂って口汚くわめくことで、腹の中にたまったものを掃除するつもりなのだ。やりたいように、やらせてやればいい。そうすれば後腐れがなくて、扱いやすい人間なのだということも、十分にわかってきた。


 しばらくすると、わめきまくって満足したのだろう。ふうと、一息ついたモナの口調は、物憂げになった。


「いったい、あそこはなんなの?

 遊学中の人達が、ごまんと集まっていて。

 名前をざっと聞いただけでも、王都のサロンが丸ごとアミテージへ引っ越してきたのではないかと思ったわ。

 正確には、ジュニア・サロンね。社交界でよく名前を聞く大人達の、二世の集まりだもの」


 アレンは笑った。やっぱりモナは、世間知らずのお姫様だと思う。


「モナさま。世の中には、いろんな人がいるってことですよ。

 遊学を真面目な勉強の機会ととらえている人は、ああいう場所には、あまり出入りしないんだと思います。

 あの人達は、アミテージにきても、今までしていた生活を変えようとは思わない方々です。同世代の同じ階級に所属している人達同士でより集まって、せっせと人脈づくりにはげんで、将来の宮廷生活に備えているんでしょう」


「それじゃあ、遊学の意味がないじゃない」


「遊学先で知り合った友人という、いかにもインテリジェントな雰囲気のお友達を作ることが大切なんじゃないのかな? カッコいいじゃないですか」


「じゃあ、真面目に取り組んでいる人とは、どこで会えるっていうの?」


「さあ、学問所でしょうかね?」


「それって……」


 モナは不機嫌に黙り込んだ。


 学者を手厚く保護して東方の優れた知識を真っ先に取り入れ、文化都市であることを売り物にしているアミテージでも、女性に門戸を開いている学問所は少なかった。


 昨夜のシャフレ夫人との会話が思い出される。


「せっかく遊学にきたのだから、どこか学問所へ通いたい」と言ったら、「ちゃんと別邸の家令に調べさせておきました」と、資料を出してくれたのだ。


 けれど、その内容には、がっかりした。


 女性を受け入れてくれる学問所は、宗教関係の講和を聞かせる所や、古典文学を教養として教える所、音楽や詩作を教える所などだ。実践的に役立ちそうな学問は、まったく無かった。


「女には、男を楽しませられる程度の教養があればいいということなの? それで暇をもてあまして、あの人たちは、ああして集まって遊んでいるの?」


「ああいう社交というものは、上流階級の人達には大切なことなんだって、俺は親父に教わりましたけど?

 国の中枢部の人事や政策は、人脈や根回しで進んでいくものでしょ?

 アミテージの社交界は、王都の社交界に出ていくまえの、いい練習場なんじゃないでしょうかね?

 当たり障りのないウイットに富んだ会話とか、相手が何を考えているのか腹をそれとなく探る方法とか。そういうことを身につけるには、訓練が必要ですよ」


「アレン……」


 うんざりした顔がアレンを見あげている。


「しかたないでしょ。世の中なんて、そんなものですよ。

 モナさまだって、わかっていらっしゃるんでしょう?

 今日、初めて市長夫人のサロンに顔を出したモナさまが、すぐに受け入れられただけでなく、かなりちやほやされたのは、モナさまがヴィダリア侯爵家のご令嬢で、いずれは侯爵家と格がつりあう名家の奥方に納まる人だと、みんなが思っているからですよ。

 神学生さん達なんか、露骨でしたね。モナさまの恋人に納まりたいのが、見え見えでした」


「それが、よくわからないのよ! あの人達、なんなの?」


 アレンは、しゃべりすぎたかと後悔した。


 また失敗だ。


 モナさまとの立場の違いを、自分はすぐに忘れてしまう。


「アレンたら、話しかけてやめるの? 余計にイライラするじゃない」


「ええ、まあ……」


 言いよどんでから覚悟を決めた。モナは頭がいいから、本当のことを言ったからといって、怒ったりはしないだろう。


「あのですね、モナさま。

 神官を、世の中のたいがいの人は、立派な人間だと信じていますよ? たくさんの神官が、人々の心の救済のために尽くしているというのも真実です。

 でも、神職にある人も、人間なんです。出世欲もあれば、物欲もあります。

 それは、わかりますよね?」


「うん」


「神職を志す人達の中には、必ずしも純粋な動機をもたない人も、いっぱいいるんです。

 たぶん、今日、市長夫人のサロンにきていた神学生なんかは、その典型じゃないのかな。


 貴族の代替りというものは、長子相続が原則ですからね。兄弟で平等に遺産を分けたりしていたら、代替りのたびに、財産も領地も小さくなっていってしまうでしょう? だから、次男以下は、冷遇されているんですよ。


 そういう次男以下の連中は、多少の財産分けをしてもらって、何か事業をして自立を目指したり、職業軍人になったり、神官になったりして、生活していくんです。戦争が日常で男手が足らなかったり、戦場で手柄を立てたら叙爵されたりした時代は、終わってしまいましたから。


 モナさまに媚びていた神学生さん達はね、あわよくばモナさまの夫に納まりたいんですよ。

 自分の家には分けてもらえるような財産はないけれど、ヴィダリア侯爵家くらいの大家なら、話は別でしょ?

 モナさまが恋人に選んだ男を侯爵さまが認める気になれば、出世だって約束されたも同然だし、それなりの財産も分けてもらえるだろうし。


 ま、連中の認識は甘いですね。女性を出世の道具として見ているような男を、侯爵さまが認めるとは思えません」


 モナは身の毛がよだつと、おおげさに身震いしてみせた。


「そのまえに、わたしが嫌よ! 財産を分けてもらえそうな令嬢ならだれでもいいから、あの人達は、あそこで網を張っているんでしょ?!」


「まあ、そういうことですねえ」


「ローレリアンみたいに立派な神学生は、他にはいないのかしら! 不毛よ、不毛っ!」


「そんな、白と黒に色分けできるような問題じゃないでしょうに。だれにだって迷いみたいなものはありますよ。十代で大真面目に人生を神様に捧げようなんて考えている人間のほうが、俺は気持ち悪いですけどね。

 ローレリアンさんだって、わけありって感じだったじゃないですか。なりたくて神官になるわけじゃないって、ご本人が言ってたでしょ。

 子供の頃から神殿に預けられて育って、名乗る名前がないなんて、怪しすぎますよ」


「失礼ね!」


 モナににらみつけられて、アレンは腹が立った。彼女が無邪気に信頼をよせているローレリアンの理想像を、けちらしてやりたい衝動にかられる。


「ローレリアンさんだって、大切に育てられた様子じゃないですか。服装も上等な仕立てのいい物を着ていたし。

 そもそも、自分のことを『わたし』なんて称するように教育された人はね、特権階級の人間ですよっ。

 将来は、きっと、大きな教区の責任者になるような人なんだ。そういう地位は、かなり財力がある人の後ろ盾がないと手に入らないものでしょ?!

 ローレリアンさんが自分の出生の背景を知らされていないのはね、かなり高い地位にある人にかかわりがあって、存在を表ざたにしたくないと思われているからですよ。

 よくある話だ。

 たぶん、庶出子なんですよ! 愛人の子供!」


 アレンは力一杯、モナに突き飛ばされた。


 馬車がとまるのと同時だったので、アレンの足はふんばりがきかず、椅子にたたきつけられた尻に激痛が走った。


 モナの怒声が響き渡る。


「ばかぁぁ――っ!」


 馬車のドアを開けた馬丁が、仰天している。


「あんたなんか、だいっ嫌いよ!」


 とどめの一言をアレンに浴びせると、モナは馬車から飛び出していった。


 そむけられた彼女の頬にあったのは……。


 尻が痛い。


 ズキズキと痛い。


 胸も痛い。


「くそっ! 確かに俺は馬鹿だよ!」


 尻をおさえながら、アレンは馬車の床にうずくまる。


 またモナさまを、泣かせてしまった。 


 なぜだか地の底に、もぐりこんでしまいたい気分だった。



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