無能と呼ばれて王国とパーティーを追放された俺、全属性魔法と無限の魔力で魔王も邪神も倒して、世界を救い、美少女たちに囲まれながら王様になって六百八十五人の子宝に恵まれ、隠居するまでの話を夕飯までにします
村の外れに、大きな栗の木が一本立っていた。
秋になると、枝いっぱいに実をつける。木の下には古い木製のベンチが置かれていて、村の子供たちはそこで遊び、大人たちは仕事の合間に腰を休めた。
その日は、よく晴れていた。
収穫を終えた畑には短い麦の茎が残り、丘の向こうでは羊の群れが草を食んでいた。石造りの家々からは夕食の支度をする煙が立ちのぼり、風に乗って焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。
平和な村だった。
もう何十年も戦争はなく、魔物が人里へ下りてくることも滅多にない。人々は畑を耕し、家畜を育て、季節の移り変わりに合わせて暮らしていた。
栗の木の下では、一人の老人がベンチに腰掛けていた。
白い髭を胸元まで伸ばし、日に焼けた顔には深い皺が刻まれている。膝には毛布をかけ、両手で木製のカップを包んでいた。
隣には、まだ幼い孫が座っていた。
少年は拾った栗の実を両手に持ち、どちらが大きいかを見比べている。しばらくすると、それにも飽きたらしく、老人の袖を引っ張った。
「じいちゃん」
「なんじゃ」
「なにかお話をして」
老人はカップを膝の上に置いた。
「話か。そうじゃなあ」
少し考えてから、老人は目を細めた。
「では、勇者のお話でもしてやろうかの」
「勇者様?」
「そうじゃ。たいそう強くて、たいそう立派な勇者のお話じゃ」
少年は栗の実をベンチに置き、老人の方へ体を向けた。
老人はひとつ頷くと、静かに語り始めた。
「むかしむかしの話じゃ。あるところに、大学を中退して以降は仕事もせず、毎日ゲームばかりしておる怠惰な若者がおったんじゃが、ある日、コンビニへ出かけた帰りにトラックにはねられて死んでしもうた。すると天界で美しい女神様に出会い、手違いで死なせてしまったお詫びに異世界へ転生させてもらうことになったんじゃ。女神様は好きな能力を一つ授けると言ったんじゃが、若者は一つでは足りぬと不服を申し立て、全属性魔法と無限の魔力と鑑定と収納と経験値百倍と不老長寿と状態異常無効を要求したんじゃ。女神様はたいそう気前がよかったので、全部授けてくれたそうな。こうして若者は剣と魔法の世界に転生したんじゃが、最初に訪れた村で盗賊に襲われておる美しい娘を助け、その娘が実は王女様だったことから王宮に招かれ、王女との婚約まで決まったんじゃ。ところが王宮には若く才気溢れる勇者を妬む大臣がおって、若者の能力を鑑定したところ数値が大きすぎて測定不能となり、無能と判定されてしまったんじゃな。大臣は若者を世紀の無能と笑い者とし、王様も若者を役立たずと決めつけ、王女との婚約を破棄させたうえで国外へ追放したんじゃが、若者は特に困らず隣国へ渡り、冒険者ギルドに登録して最下級の冒険者となったんじゃ。そこで出会った剣士と魔法使いと僧侶の三人とパーティーを組んだものの、若者の与えるバフがあまりにも強力だったため、三人は自分たちが強いのだと勘違いして、あろうことか若者を追放してしまったんじゃな。若者は仕方なく一人で森へ向かい、そこで伝説の古代竜を一撃で倒し、その竜が実は呪いをかけられた美しい竜族の姫君だったので呪いを解いてやったところ、姫君は若者に惚れ込んで旅に同行することになったんじゃ。さらに森の奥では奴隷商人に捕らえられておったエルフの姫を助け、獣人の少女を助け、魔族の姫を助け、それぞれに惚れられたんじゃが、若者は自分が好かれておることにまったく気づかず、皆を大切な仲間だと思っておったそうな。一方そのころ、若者をパーティーから追放した冒険者の三人は魔物に勝てなくなり、借金を重ね、ついにはギルドから除名されてしまったんじゃ。王宮でも若者が持ち帰った古代竜の鱗一枚が国家予算の十年分に相当すると判明し、王様は慌てて使者を送って帰国を求めたんじゃが、若者はもう別の国で暮らしておったので丁重に断ったそうな。すると王様は怒って軍勢を差し向けたんじゃが、若者は一人で十万の兵を相手にして誰一人殺さずに全員を無力化し、その功績によって隣国の王様から爵位と広大な領地を授かったんじゃ。若者は領地の荒れ果てた畑を見て、前世の漫画や動画で得た知識を頼りに農業改革を行い、上下水道を整備し、温泉を掘り当て、石鹸とマヨネーズと醤油と味噌を開発し、コンビニ事業を立ち上げてそれをフランチャイズ化し、収納魔法を利用した物流網を構築したところ、領地はたちまち大陸一の商業都市へと発展したんじゃな。すると周辺諸国の王女や貴族令嬢が次々と訪れるようになり、若者は相変わらず好意に気づかぬまま皆と仲良く暮らしておったんじゃが、やがて魔王軍が大陸へ侵攻を始めたんじゃ。若者は領民を守るために立ち上がり、四天王を千切っては投げ千切っては投げ、魔王城へ乗り込んで魔王を倒したんじゃが、魔王は実は世界を滅ぼそうとしておった邪神を封印しておるだけだったので、若者はついでに邪神も倒し、世界を救ったんじゃ。ところが神々は若者の力を恐れて天界へ召喚し、神々の王が若者を消滅させようとしたんじゃが、若者は神々の王にも勝ってしまい、新たな最高神となったんじゃな。しかし若者は神様になるつもりなどなかったので、その座を恩義ある女神様に譲り、地上へ帰ってきたんじゃ。すると各国の王様たちが若者を皇帝にしようとしたんじゃが、若者は争いを好まなかったので、代わりに自分の領地を独立させて新しい国を作り、国民の強い希望で初代国王となったんじゃ。そしてかつて助けた王女様や姫君たちから結婚を申し込まれ、皆で話し合った結果、たいそう円満に結婚することとなり、六百八十五人の子宝に恵まれ、国は栄え、世界には平和が訪れたんじゃ。やがて若者は王位を息子に譲り、愛する妻たちとともに静かな村へ移り住んだんじゃ。不老長寿の若者はいつまでも若いままだったんじゃが、孫に昔話を聞かせるときには、雰囲気が出るように魔法で白い髭の老人に化けておったそうな。そうして畑を耕したり、釣りをしたり、孫に昔話を聞かせたりして、末永く幸せに暮らしたそうな。めでたし、めでたし」
老人はカップを持ち上げ、すっかり冷めたお茶を飲んだ。
栗の木の枝が風に揺れ、黄色くなった葉が一枚、少年の膝に落ちた。
「すごいね、勇者様」
「そうじゃろう」
少年には、よく分からないところもたくさんあった。それでも、勇者様がとてもすごい人だということは分かった。
「その勇者様は、いまどうしてるの?」
「いまか。そうじゃなあ」
老人は少し考えた。
ちょうどそのとき、家の方から声がした。
「あなた。そろそろ夕ご飯ですよ」
振り返ると、年老いてもなお美しい女性が玄関先に立っていた。その隣には、若々しいエルフの女性と、艶やかな毛並みをした獣人の女性が、幸せそうに佇んでいる。
「おお、いま行く」
老人はゆっくりと立ち上がり、少年に手を差し出した。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「勇者様は、幸せだったのかな」
老人は少年の手を握り、家の方へ歩き出した。
「そりゃあ、もう」
そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「マジ幸せっす。トラックにぶつかってラッキーでしたわ」




