嫌われ者の果ての果て
目覚めたら椅子に座っていた。下方で大きな器のような物が鎮座していて、火に当てられているが、それが何なのかはよく分からない。
ただ熱気が感じられ、辺りに目をやると針山に人が上っていって、黒い影が爪楊枝みたいな棒でそれを落として行っている。
その様子を見る限り、是非夢であっていただきたいが、どうやら地獄にいるらしい。
座っている椅子はふかふかのひじ掛け椅子で床は真っ赤な絨毯だ。
気温は快適ではないことをどうにか言うのはいささか贅沢かもしれない。
「高垣さま」
思わず爺やと呼びそうになった。執事服に身を包んだ、かわいらしいお爺さんが立っていた。
「ん? 高垣?」
聞いたことのない呼び名だった。
お爺さんは真っすぐ俺を見ているし、そもそもここにはお爺さんと俺しかいない。
「主がお待ちです」
勧められるままに小さな緑の扉を入った。奥に続く細い廊は、暑くもなく寒くもなく快適である。
「ここは地獄の果てになります」
「果て?」
「はい、嫌われ者の果ての果てが来る地獄です」
「嫌われ者の果ての果て、ですか」
「最近は地獄もシステムが変わりました。主は昔スタイルでは罪人は全てを白状しないと思ったのです」
唐突に話が始まった。
「昔スタイル?」
「えぇ、地獄に来たら真っ赤に燃え滾る暗い空間。筋骨隆々の鬼といかつい閻魔大王。そして悪いことをした者は地獄へ叩き落とす……。それでは現代の人間は帳面に書かれたことを正直に話さない、と」
「はぁ」
「なのでまずは輸送から考えました」
「輸送?」
「船酔いをしないように揺れを抑えた船」
「死者の分類は三途の川の石積場で子どもたちによって記憶の考査」
「考査?」
「はい、この何でもルーペを使えば生まれかわるか地獄に行くかを簡単に分別できます」
「……」
「今、地獄でしろと思いましたね。はい昔は地獄でやっていたのですが、思いのほか人件費がかかってしまって」
「地獄も世知辛いのですね」
「子どもたちなら、風船ガム二つで済みます」
「ブラックですね」
「三途の川で地獄分別を済ませ地獄の入り口にほとんどは移すのですが、現代の人間は中々本音を話さないので、常駐のカウンセラーとソーシャルワーカーで協力して心を開いてくれるように作業します」
「カウンセラーとソーシャルワーカーって、人件費は?」
僕が考えることではないが、つい聞いてしまう。
「資格を持たない鬼を処分しました。彼らも頑張っていましたが、これも致し方ありませんね」
「……」
「そしてそこで心を開かせて本音を話させる。後はキリストか仏教かで選ばせます」
「えぇと、それには何の意味が?」
「日本では死刑の前に説法を聞くのでしょう?」
「いやよく分かりませんが」
「その説法を常駐の……」
「分かりました。よく分かりました」
「そして地獄に叩き落とす。そしてその説法を思い出せないくらいになったモノを再び三途の川に戻してルーペに引っかからないのを見て、生まれかわりグリーン車に戻す」
「ちなみに毎日何千万人と来るので閻魔役も派遣社員がやっています。年度終わりと夏休み終わりなどは増員になり、正規より非正規の方が多いので大変です」
「ですが、あなたは特別待遇なのです」
いくつか扉を抜けても周りの景色は全く変わらない。
「嫌われ者の果ての果てですよね」
「はい、三途の川で捨て置かれて、ようやく辿り着いたカウンセラーの所で足蹴にされ、地獄行き候補者には唾を吐きつかれ、ここに来ても長い間放置されて、主の命令で仕方ないので私が、疲れた私があなたを取りに来たのです。あなたもう人間の世の百年前には死んでいるのですよ。なんでまだ残っているの? あぁ、ちなみに人間の世で発見されたのは今日です」
お爺さんはやれやれと額に手を当てた。
「は?」
「『いやー開かずの間があるのは知っているけど、まさかここで人死んでないよなー、あははは』って言うのを百年間繰り返されたわけです」
「えぇ……」
「そして昨日、運悪くその開かずの間と部屋の境界に赤ちゃんがうんちをしてしまって、仕方なく開かずの間を開けて掃除をしようと開けたらあなたがいた」
「でもよく私が高垣ってわかりましたね。俺でもよく分からないのに」
「何しろ百年前のデータがなくて、仕方ないからその土地、高垣五番地って名前なのですが、そこからそのミイラには高垣五番と名付けられたと」
「ちなみに死因って……」
「心臓です」
普通ですね。
「薬剤師が薬を入れ忘れたのですね」
普通じゃなかった。
「苦しんだ意識ないがないのですが?」
「そりゃ百年も捨てられていたら忘れるでしょ」
確かに。
「それで私の行く末を決める閻魔役はまだですか? この廊下が長くて飽きてきました」
流石に同じ景色で同じ空間は見飽きた。
「これは輪廻の輪なのです」
「これが話に聞いた輪廻の輪ですか」
「と言っても、今は自動のやつがあるので、これは使いません」
「今使っていますよね」
「たまに回さないと錆びちゃいますから」
ここでもついでかよ。
「ちなみに閻魔大王様は正規のトップの方です」
特別待遇なのか、そうじゃないのか微妙だな。
「ここです」
大きな門を予想していたが、普通の一軒家の戸だった。手をかけると、横開きの扉が向こうに倒れた。
「最近使っていませんからね。まさか倒れるとは流石」
お爺さんが手を合わせている。もちろん嬉しくはない。
「おい、今俺の家の玄関を倒したやつは誰だ」
小さな男の子が奥から歩いて来た。
「おぉ、お前か。スリッパ出してやるから入れ」
出されたスリッパは汚いボロ雑巾のようなやつだった。
「えぇ、なんて名前だっけ」
「主、高垣ですよ」
「高橋!」
「高垣だって言っているでしょ」
「えへへ、間違えちった」
爺さんと孫って感じがして悪くない。通された間は和室だった。出された座布団がほこりをかぶっており、お茶が薄いのは想定の範囲内だったから、いまさら驚かない。
「それで高垣。お前はどうしたい?」
「どうしたいとは?」
「言っているじゃないか。えーっと」
「このマニュアルのこのページのこれ」
「やっぱり僕には爺やがいないとダメだよ……」
「いや、萌え。これはいただきました」
「爺やのショタ属性もマジで気持ち悪い」
「でもどんなに気持ち悪くてもこいつには勝てない」
「どういうことだ」
「お前、前世はカマキリだった」
「まさか、その時に悪いことを」
「なぜかお前の卵だけ腐った」
「何で」
「その前は犬だった」
「まさか」
「野犬だったが、同族から嫌われて追放された。人間に拾われ可愛い女の子の元で伸び伸び育った犬はある日飼い主を亡くしてしまう」
おっ、予想外に美談か?
「飼い主の墓から離れない犬は犬嫌いのばあさんの目論見によって保健所に連れて行かれることになる」
「しかし保健所の職員が現場に行くと件の犬は居なくてお前が寝ていたから、連れて行かれる。ばあさんは犬ならどんな犬でも構わないから、お前が殺処分された」
「あのちなみにその前は……」
「人間の少女だった」
「さすがにその子も……」
「人徳にあふれ、弱き者や強き者にも優しく、皆に愛された。魂は皆どこかでバランスを取るのだ。良き所が長く続けば悪い所が出て来る」
「だから今こんなめに……」
「その少女は複数の男に凌辱された上、ダムに沈められた」
「えぇ……」
「前半は良かったけど、後半がダメだったわけだな。その前は……」
「もういい、分かった」
「まぁ聞け。その前は道祖神だった。力も持たぬ小さな神。村の女がたまに饅頭を差し入れるだけの神。ある時、最上級の神に力を授けられる」
「おい、待て。なんでそんなイベントが出現する」
「たまにあるだろ。ほら金が余ったやつが女にプレゼントする、あれ」
「主様、百年前に脳みそが死んでおるやつが覚えているわけありませんよ」
「あはは、確かに」
あはは、確かに。じゃねぇよ。
「ラッキーってやつだ。ただ交換条件があって、その力を使うとその魂は永遠に報われない」
「まさかその道祖神」
「力を使ったのだ。村の女が毎日饅頭を差し入れてくれるようにした」
しょぼい。そんなのでお前。
「おかげで毎日ハッピーだったのに、ある日横の木に雷が落ちて、道祖神の祠は大破。そこからお前の魂の破滅は始まった」
「生まれてすぐに家族に抱かれるが、あまりにも酸っぱい臭いがしたので何人か吐く。母親も吐く。その時に母親が言った言葉は?」
「はい! 『まさかまたつわりが出るとはね』」
「爺や正解!」
「やったぜ」
酸っぱい臭いは中学校に上がるまで治らず、中学校に上がっても女の子と二人きりになると酸っぱい臭いがするようになった。
いじめられると思われたが、あまりの臭さを知っている者に『あれはマジで馬鹿に出来ない』と、伝えられ、それが高校に上がっても伝説になった。
高校を卒業して、臭いはマシになったが、臭くなくても近づいた者は問答無用で気分が悪くなり、それは死ぬまで続いた。
「お前は貧乏神になれるぞ」
「貧乏神って……」
「ここまで極めると、生まれ変わってもひどい理由ですぐ死ぬ。ここで貧乏神になって五年修行すれば普通の人生が送れるぞ。どうだ?」
俺はもちろん、こう答えた。
「高垣。聞いたことない名前だな。爺やどうだ?」
「前に来たことあったらしいですが、よく覚えていないですね」
「まぁ、連れて来てからどうするか考えればいいでしょう」
「ちなみにデータは?」
「前にここに来て、貧乏神への道を勧めましたが、生き物に転生を決めました。あぁ、彼が前に人の世で死んだと分かった時にきっかけになった」
「なった?」
「子どもの……お腹にいた寄生虫ですね」
「子どもは?」
「虫下しを飲んで無事です」
「喜ばしいじゃないか、またあの輪廻の輪回す?」
「あれ大きくて嫌なのですが」
「爺や、たまには運動した方がいいに決まっている」
「子どもの健康に乾杯ですね」




