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隣人の食卓

作者: きらら
掲載日:2026/03/24

引っ越して一ヶ月。アパートの隣人、佐藤さんは絵に描いたような「いい人」だった。毎朝の挨拶は欠かさないし、たまに実家から送られてきたという野菜を分けてくれる。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


 彼は週に一度、決まって土曜日の夜に、私の部屋のドアの前に「余った料理」を置いていくのだ。

「一人暮らしだと栄養が偏るでしょう」


 そう言って微笑む彼の目は、いつも少しだけ濡れているように見えた。


 最初はありがたく頂いていた。肉じゃが、ハンバーグ、煮魚。どれも料亭のように美味かった。だが、ある日を境に不気味さが勝り始めた。


 きっかけは、彼が持ってきた「筑前煮」だった。


 具材のレンコン、ゴボウ、人参。それらがすべて、一辺一センチの完璧な正方形に切り揃えられていたのだ。機械で切ったのではない。断面には包丁の、それも恐ろしく鋭利な刃物の跡があった。


 私はその夜、初めて料理を捨てた。


 すると翌朝、ゴミ出しに行こうとした私の前に、佐藤さんが立っていた。


「昨日の、口に合いませんでしたか?」


 声は穏やかだが、彼は私のゴミ袋をじっと見つめていた。

「いえ、ちょっと体調が悪くて……」


「そうですか。次はもっと、消化に良いものにしますね」


 彼はそう言って、私の肩に手を置いた。その手の冷たさに、背筋が凍った。

 その日の夜、私は佐藤さんの部屋から漏れる「音」を聞いた。


 トントン、トントン。

 規則正しい、包丁の音。


 トントン、トントン……。

 一時間、二時間。音は止まない。何をそんなに切り続けているのか。


 好奇心と恐怖に勝てず、私はベランダから隣の様子を伺った。カーテンの隙間から見えた光景に、私は声を殺した。


 佐藤さんは、キッチンの床に座り込んでいた。

 まな板の上にあるのは、食材ではない。


 一束の「髪の毛」だった。

 彼はそれを、一本一本、正確に同じ長さに切り揃えていた。


 切り落とされた髪の毛は、丁寧に皿の上に盛り付けられている。

 ふと、佐藤さんがこちらを向いた。


 彼は満面の笑みで、切り揃えた髪の毛を口に運び、咀嚼そしゃくした。

「ああ、次はもっと柔らかいのがいいな」


 彼が私の肩に触れたとき、何を品定めしていたのか。

 私はその夜、荷物もまとめずに部屋を飛び出した。

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