第九章 国会床
永田町。
国会議事堂の地下一階に、一般には知られていない資料室がある。衆議院事務局が管理する、議事堂建築関連の図面・資料を保管する部屋だ。
直人がその存在を知ったのは、早川のAI解析がきっかけだった。
二重和紙の微細線——立体化した日本列島の3Dモデルを、さらに詳細に解析したところ、五点の座標以外にも情報が埋め込まれていることが判明した。五点を結ぶ線上に、等間隔で極小の印が打たれている。その印の数は三十六。
三十六。
偶然の一致かもしれない。だが早川は、三十六という数字と日本の建造物の関連をデータベースで検索した。ヒットしたのは——国会議事堂だった。
議事堂の中央塔の高さは、六十五・四五メートル。設計当時、日本で最も高い建造物だった。そしてその中央塔の床面には、三十六種類の国産大理石と化石が嵌め込まれている。四十七都道府県のうち三十六の府県から取り寄せた石材が、モザイク状に配されている。
三十六。
五点の座標を結ぶ線上の、三十六の印。議事堂の床面の、三十六の石材。
「一致率は?」早川に問うまでもなかった。
「八十九パーセント。印の配置と、床面の石材配置。しかも、一致しない十一パーセントは——沖縄に最も近い石材の位置っす」
沖縄が、また、ずれている。
直人は、大学時代の恩師が衆議院の建築顧問を務めていたことを思い出した。
コネクションを使うのは本意ではなかったが、選択肢は限られている。電話一本で、資料室への立ち入り許可が下りた。「建築史の調査研究」という名目だ。
八月半ば。真琴は書陵部の通常業務があり、同行できなかった。早川もデータ解析の山場を迎えており、研究室から出られない。直人は一人で永田町に向かった。
議事堂の地下資料室は、想像以上に狭かった。金属棚に図面のロール紙が積まれ、古い設計書の束が段ボール箱に詰め込まれている。空調は効いているが、埃っぽい。
案内役の事務局職員が言った。
「お探しのものはどのような資料ですか」
「中央塔の床面に使用された石材の配置図です。原設計図があれば、それを」
「少々お待ちください」
職員が棚の奥から大判の図面を引き出した。一九二〇年代——大正末期の設計図だ。褪色しているが、線はまだ明確に読み取れる。
直人は図面を広げ、床面の石材配置を確認した。三十六種の石材が、それぞれの産地を示す記号とともに配されている。
図面の端に、小さな書き込みがあった。設計者の覚書だろう。直人はルーペで読んだ。
『設計変更指示。第三十七号石材(沖縄産琉球石灰�ite)の配置を中央部より外周部に移動。理由:強度不足。決裁:昭和二年七月』
直人の目が細くなった。
第三十七号石材。沖縄産。当初は中央部に配置される予定だったが、「強度不足」を理由に外周部に移された。
結果として、床面の中心から沖縄の石材だけが遠ざけられた。
強度不足。それは本当の理由なのか。
琉球石灰岩はサンゴ由来の石材で、確かに花崗岩や大理石と比べれば強度は劣る。だが、床面の装飾石材に構造的な強度は要求されない。体重を支えるのは下層のコンクリートだ。
直人は図面をさらに調べた。設計変更の決裁書には、上層部の印が三つ押されている。そのうち一つの印影——
直人は息を止めた。
印影の形。
円の中に、崩し字。
皇居の石垣と同じ刻印だ。
直人はスマートフォンで撮影し、早川に送信した。
『国会議事堂の設計図に、例の刻印と同じ印影がある。設計変更の決裁者の一人だ。昭和二年。一九二七年。明治からすでに六十年経っている。この印を使った人間は、明治初期の設計者とは別世代だ。暗号を引き継いだ者がいる。つまりこれは個人の仕業じゃない。組織だ。複数世代にわたって暗号を管理・更新し続けた組織が存在する。』
早川の返信は短かった。
『先輩。それ、やばすぎません?????????????????????????????』
直人は資料室を出た。国会議事堂の廊下を歩く。正面玄関ホールを通過するとき、自然に足が止まった。
床だ。
三十六種の石材がモザイク状に嵌め込まれた、国会議事堂の床。ここを毎日、国会議員たちが歩いている。国家の意思決定者たちが、この暗号の上を——
直人はしゃがみ込んだ。観光客がちらりとこちらを見たが、すぐに興味を失って通り過ぎる。
床面の石材を、指先で触れた。冷たい。硬い。だが、この下に——この配置そのものに——百年前の意志が刻まれている。
直人は立ち上がり、議事堂を出た。
八月の太陽が、永田町のビル群を白く灼いていた。直人は日傘も差さず、歩き始めた。
組織。複数世代にわたって暗号を管理する組織。
太政官文書の覚書に記された二つの派閥——維持派と更新派。
更新派は敗北した。だが、暗号を国家の構造そのものに刻み込んだ。和紙に。石垣に。太政官文書に。国会議事堂の床に。
百五十年。
暗号は眠り続けた。
そして今——目を覚まそうとしている。




