第四章 AI一致
「一致率の話をしますね」
早川悠斗は、三台のモニターを背にして回転椅子をくるくる回しながら言った。エナジードリンクの缶が、今日は八本に増えている。
「まず大前提。パターン認識AIに『何を探せ』と指示した場合と、『何かあるか探せ』と指示した場合では、結果の信頼度が全然違います」
「分かっている」
「分かってないから言ってるんすよ、先輩」
早川は回転を止め、真顔になった。
「俺は最初、先輩が送ってきた画像に対して、バイアスなしのオープンサーチをかけました。『何か意味のあるパターンがあるか探せ』って。その結果が日本列島だった。これはAIが勝手に見つけたんす。俺の先入観は入ってない」
「それは理解している」
「次に、五点の座標を地図上にプロットして、既知の幾何学図形との一致を調べた。勾玉が出てきた。ここまでもバイアスなし」
早川がモニターを切り替えた。画面に数値の羅列が表示される。
「で、今日やったのがこれです。先輩が皇居で撮ってきた刻印の画像を、二重和紙のパターンと照合した」
直人は身を乗り出した。
「一致率は?」
「九十六・二パーセント」
早川は数字を指さした。
「統計的に言えば、同一の設計図から制作された確率は九十九パーセント以上。つまり、和紙の図形と石垣の刻印は、同じ"意図"から生まれたものです」
直人は黙って画面を見つめた。
「ただし」
早川の声が低くなった。
「ここからが本題なんすけど。AIが補正値を出してきたんすよ」
「補正値?」
「五点の座標、勾玉との一致率は八十七パーセントって言いましたよね。完全な勾玉にするには座標の補正が必要だって。でもAIに『補正するな、現状の座標で他に一致する図形があるか探せ』って指示したら——」
早川が新しいウィンドウを開いた。
「別の図形が出てきました」
画面に表示されたのは、五つの点を結ぶ線だった。勾玉ではない。もっと複雑な曲線を含む図形。
直人には見覚えがなかった。
「これは何だ」
「最初、俺も分からなかった。データベースにある既知の図形、紋章、象徴、地図記号、全部と照合して、ヒットしたのが一件だけ」
早川がもう一つのウィンドウを開いた。
古い文書の写真だった。和紙に墨で描かれた図形。直人の修復士としての目が、即座に年代を読み取る。明治初期。インクではなく墨。筆致は公的文書のそれだ。
「これ、どこから持ってきた」
「国立公文書館のデジタルアーカイブっす。明治四年の太政官文書に添付された図面。内容は——」
早川が画面をスクロールした。
「『神器奉安之図』」
直人の鼓動が跳ねた。
三種の神器。
八咫鏡。天叢雲剣。八尺瓊勾玉。
日本という国家の正統性を象徴する、三つの宝物。天皇の即位に不可欠とされ、その実物を見た者はほとんどいない。
「この図面は、三種の神器の奉安——つまり保管場所と配置を示したものらしいっす。ただし、図面自体には具体的な地名は書かれてない。記号と線だけ」
「その記号の配置と、五点の座標が一致した」
「一致率、九十一・四パーセント」
直人は椅子の背に体を預けた。天井を見上げる。
二重和紙の微細線。
皇居の城刻印。
太政官文書の神器奉安図。
三つが、九十パーセント以上の精度で結びつく。
これは修復の領域を超えている。
「先輩」
早川が静かに言った。
「一つ確認していいっすか」
「何だ」
「この和紙の修復依頼は、宮内庁から来たんすよね。宮内庁書陵部。つまり、皇室関連の文書を管理してる部署」
「ああ」
「その部署が、この和紙の中身を知らないわけがなくないっすか?」
直人は答えなかった。
早川の言う通りだった。宮内庁書陵部は、皇室に伝わる文書・典籍の管理を担う専門部署だ。彼らが修復を依頼してきたということは、この巻子の存在を把握しているということだ。
では、なぜ外部の修復士に依頼したのか。内部で処理すれば、二重構造が発覚するリスクはない。
二つの可能性がある。
一つ。書陵部は二重構造を知らなかった。巻子の表面だけを見て、通常の劣化修復だと判断した。
二つ。書陵部の誰かが、意図的に直人に発見させた。
九条真琴の顔が浮かんだ。毎朝のコーヒー。「鷺宮様」の手書きメモ。不器用な「様」の字。
——あの人が、知っていて俺に渡したのか?
「先輩」
早川が画面を指さした。
「もう一個、やばいの見つけました。この太政官文書の図面、右下に小さく書き込みがあるんすけど」
早川がズームした。古い墨の文字が拡大される。崩し字だが、直人には読めた。
「『初版折り』」
「何すかそれ」
「分からない。ただ——」
直人は腕を組んだ。
「初版、という言葉は印刷用語だ。折りは、製本工程の用語。つまり——」
「この文書自体が、何かの"初版"で、折り方に意味がある?」
直人は太政官文書の画像をじっと見つめた。図面の線。記号の配置。そして右下の書き込み。
「早川。この文書の原本は公文書館にあるな」
「デジタルアーカイブからアクセスしたから、原本は確実に所蔵されてるはずっす」
「見に行く必要がある」
「え、原本を?」
「デジタルではで拾えない情報がある。紙の厚み。折り目の位置。糊の跡。それは実物に触れないと分からない」
直人は立ち上がった。
「付き合え」
「いやいやいや、俺デジタル専門っすよ。アナログは先輩の領域でしょ」
「お前のノートPCが必要だ。現場でリアルタイム照合する」
早川は観念したように缶コーヒーの残りを飲み干した。
「はいはい。でも先輩、一個だけ言っていいっすか」
「何だ」
「コーヒー、めちゃくちゃこぼしやすいんで、原本の近くでは飲まないでくださいね。先輩じゃなくて俺の話っすけど」
直人は笑わなかった。笑えなかった。
二重和紙が語り始めた物語は、修復室の静謐を、すでに遠くに押しやっていた。




