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第三十六章 封印構造判明  

十月五日。東京。

 早川の新しい作業場所——池袋のシェアオフィスの一室で、直人、真琴、早川の三人が向かい合った。テーブルの上に、すべての物証が並んでいる。

 二重和紙の高精細スキャンデータ。

 五つの座標の確認写真。

 太政官文書の画像。

 洞窟の壁面拓本八枚。

 石板の歌の拓本。

 維持派の文書。

 維持派の空白の青銅板。

 京都の覚書の画像。

 「未」の字の和紙。

 直人は一つ一つを順に見つめた。

「整理する」

 直人はホワイトボードに向かった。

「更新派の暗号。構造は三層だ」

「第一層。物証。二重和紙、城刻印、石碑、螺旋、五重塔の刻印。これは暗号の入口であり、鍵だ。五つの物証が五つの座標を指し示し、座標が勾玉を描く」

「第二層。思想。洞窟の壁面に刻まれた第三の憲法。国家は器であり、器は固定されるべきではないという思想。そして空白の第五条」

「第三層。個人。富士の地下の歌。設計者個人の感情。国家よりも大切なもの——次の世代への愛」

 直人はマーカーを置いた。

「三層は、三種の神器に対応している。第一層は鏡。物証は国家の現状を照らす。第二層は剣。思想は古い秩序を断つ。第三層は勾玉。個人の感情は人と人を結ぶ」

 真琴が頷いた。

「そしてすべてが——未完成だ」

「ああ。五つの座標の勾玉は完成しない。憲法の第五条は空白。歌が指し示す核心は解読者の中にある。暗号全体が、未完成であることを前提に設計されている」

 早川がキーボードを叩きながら言った。

「で、先輩。これで第一部が終わるとして——次は何が始まるんすか」

 直人は窓の外を見た。池袋の雑踏が、ガラス越しに見える。

「封印の構造は判明した。だが、封印はまだ解かれていない。構造を知ることと、封印を解くことは違う」

「何が足りないんすか」

「空白を埋める覚悟。第五条を書く覚悟。維持派の青銅板と更新派の壁面の空白——その二つを重ね合わせて、なお空白のまま在り続けることの意味を受け入れる覚悟」

 直人は自分の手を見つめた。修復士の手。和紙を繊維一本の精度で扱い、過去の遺物を守ってきた手。

「俺は修復士だ。守る技術を持っている。だが、この暗号が求めているのは——守ることじゃない」

「じゃあ何を」

「渡すことだ。未来に渡す。未完のまま渡す。完成させずに、渡す」

 真琴が小さく息を呑んだ。

「第一章——修復室で、あなたは言いましたね。『修復士の仕事は守ること。劣化を止め、損傷を癒し、あるべき姿に戻す』と」

「言った」

「今は——違いますか」

 直人は窓の外の空を見上げた。秋の空が、どこまでも高い。

「修復は——守る技術だと思っていた。だが、この暗号を通して分かった。修復とは——未来に読める形へ整えることだ。過去をそのまま保存するのではなく、未来の人間が読み取れる状態に整える。それが修復の本質だ」

 直人は振り返った。

「この暗号を、未来に渡す形に整える。それが俺たちの仕事だ。第一部は——ここで終わる」

 真琴が立ち上がった。

「でも、まだ十月二十三日が来ていません。星図が示す日付。すべてが揃う日」

「ああ。十月二十三日は——第二部の始まりだ。封印の構造を知った上で、封印を実際に解きにいく。そのとき、新たな敵が現れる。GHQ文書の改変跡。巡幸ルートの座標一致。そして——勅印」

「勅印?」

「三種の神器とは別に、もう一つの皇室の印がある。歴史の中で失われたとされている、幻の勅印。それが——封印完成の最後の条件だ」

 早川が画面を見つめたまま言った。

「先輩。俺の解析で一個、まだ報告してないデータがあるんすけど」

「何だ」

「二重和紙のDNA。『富士山頂に鏡あり』って読めたって言いましたよね。でも、DNA配列にはまだ続きがあるんす。続きを解読したら——」

 早川が画面を回転させ、三人に見せた。

「『CHOKUIN WA MIKAN NO MAMA NEMURITSUDZUKERU』」

 勅印は未完のまま眠り続ける。

 直人は画面を見つめた。

 第二部への道が、開かれた。

 窓の外で、富士山がかすかに見えた。初冠雪の白が、山頂にうっすらと光っている。

 十月二十三日まで、あと十八日。

 第一部、了。


第二部『失われた勅印』へ続く

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