第三十一章 地下侵入
十月三日。
富士山の閉山期に入っていた。例年、九月上旬に登山道は閉鎖される。だが直人たちが目指すのは山頂ではない。
地下だ。
富士山の地下には、溶岩洞窟が無数に存在する。富岳風穴、鳴沢氷穴をはじめ、観光地化された洞窟もあれば、未踏査のまま残された洞窟もある。
早川がAI解析で特定した座標は、富士山北麓——青木ヶ原樹海の深部を指していた。
「ここです」
早川がノートPCの画面を指さした。三人は富士吉田市内のファミリーレストランにいた。早川がようやく東京のノマド生活から脱出し、直人と真琴と対面で合流したのは、二日前だった。
「樹海の中に、地質調査の記録に一度だけ登場する洞窟があります。一九七二年の調査報告書。名前は——」
「『胎内第零洞』」
「正式名称じゃないっす。調査員が仮称としてつけた名前。報告書にはこう書いてある。『入口は溶岩台地の陥没孔。内部は未踏査。深度は推定五十メートル以上。安全上の理由から調査を中止。以降、入口を自然物で偽装し、一般者の立入を防止する措置を取った』」
「一九七二年以降、誰も入っていない?」
「公式には。でも——」早川がもう一つのウィンドウを開いた。「この調査報告書の作成者の名前を確認してください」
直人は画面を覗き込んだ。
作成者:三条学術財団地質調査班。
「三条——」
「三条財閥のダミー組織っす。一九七二年の地質調査自体が、更新派の関係者によるものだった可能性が高い。つまり、洞窟の場所は更新派が把握していて、一般の調査が及ばないよう偽装した」
直人は早川の画面に表示された樹海の衛星写真を見つめた。鬱蒼とした森。その下に、溶岩の迷宮が広がっている。
「三条さんに確認を取った。胎内第零洞の正確な位置と、入口の偽装方法を教えてもらった」
真琴がスマートフォンの画面を見せた。三条冬美からのメッセージだ。
『入口は青木ヶ原樹海内、大室山北東斜面の溶岩台地上。陥没孔は直径二メートほど。上部を溶岩片と倒木で覆ってある。GPS座標は以下の通り。なお、内部は非常に危険です。溶岩洞窟は脆く、崩落の可能性がある。必ず複数人で行動し、帰還ルートを確保してください。——私は同行できません。膝を痛めてしまいました。年には勝てません。』
「三条さんは来られないのか」
「ええ。私たち三人で行くことになります」
早川が手を挙げた。
「あのー、俺、洞窟とか超無理なんすけど」
「お前のノートPCがいる。地上で待機されても通信が届かない。洞窟内でのデータ照合はリアルタイムで必要だ」
「うわぁ……」
直人はファミリーレストランのテーブルに地図を広げた。
「計画はこうだ。明日未明、樹海に入る。GPS座標を頼りに陥没孔を見つけ、降下する。内部の調査時間は最大六時間。日没前に脱出する」
「装備は」
「沖縄よりは本格的にいく。ヘルメット、ハーネス、ロープ、カラビナ。登山用品店で揃えた。早川にはヘッドランプとバッテリーを追加で持たせる」
「先輩……俺、高所恐怖症なんすけど」
「下に降りるんだから高所じゃない。低所だ」
「低所恐怖症かもしれない」
「そんなものはない。——九条さん、注意点が一つ。内調は富士山にも監視を張っている可能性がある。樹海への侵入ルートは、観光客用の遊歩道ではなく、北側の林道から入る。車は林道の手前に停めて、徒歩で三キロ」
真琴は頷いた。
「もう一つ」真琴が言った。「内調——真壁さんの動きです。沖縄の洞窟封鎖以降、真壁さんからの接触はありません。京都での警告以来、姿を見せていない」
「泳がされている可能性がある」
「あるいは——真壁さん自身が、迷っている可能性も」
直人は真琴の言葉を反芻した。真壁透。維持派の末裔。だが京都で見せた、あの一瞬の揺らぎ。
「迷っている人間は、最終的にどちらかを選ぶ。問題は、いつ選ぶかだ」
三人はファミリーレストランを出た。十月の夜気が冷たい。富士山のシルエットが、星空を背景に聳えている。
明日、あの山の地下に降りる。




