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第三十章 全文解読  

北谷のビジネスホテルの一室で、直人と真琴は拓本を広げた。

 八枚の障子紙を、ベッドの上に並べる。靴墨の黒い文字が、白い紙の上に浮かんでいる。

 壁面の文字は、第一条から第四条までの憲法的条文だけではなかった。条文の前後に、設計者の思想を綴った長文が刻まれていた。

 真琴が読み始めた。

「序文。『余ハ此ノ国ノ形ヲ定メントスル者ニアラズ。此ノ国ノ形ガ永ク変ハリ得ルコトヲ保証セントスル者ナリ』」

 私はこの国の形を定めようとする者ではない。この国の形が永く変わり得ることを、保証しようとする者である。

「続きます。『三種ノ神器ハ天孫降臨ノ証ナリ。サレド天孫降臨ノ意味ハ、神ノ子孫ガ地上ヲ治ムルニアラズ。天ノ理ヲ地ニ降ロシ、地ノ民ガ之ヲ受ケ取リ、自ラノ手ニテ形ヲ与フルコトナリ』」

 三種の神器は天孫降臨の証である。しかし天孫降臨の意味は、神の子孫が地上を治めることではない。天の理を地に降ろし、地の民がそれを受け取り、自らの手で形を与えることである。

 直人は聞きながら、拓本の細部を確認していた。文字の彫り込みの深さ。筆跡の力加減。一字一字が、迷いなく刻まれている。

「本文に入ります。『封印ノ設計ニ付キ、以下ノ通リ定ム』」

 真琴は続けた。

「『第一封印。鏡。東京。鏡ハ照ラスモノナリ。国家ハ自ラヲ照ラシ、自ラノ姿ヲ見ルベシ。石垣ニ光学的構造ヲ仕込ミ、特定ノ条件下ニテ光ヲ発セシム。此ノ光ハ国家ガ自ラヲ省ミルベキ時期ノ到来ヲ告グ』」

「『第二封印。剣。伊勢。剣ハ断ツモノナリ。古キ縛リヲ断チ、新タナ時代ヲ開クベシ。鉄片ヲ以テ剣ノ存在ヲ示シ、断ツベキモノノアルコトヲ記ス』」

「『第三封印。勾玉。出雲。勾玉ハ結ブモノナリ。螺旋ノ形ハ永遠ノ循環ヲ示ス。結ビノ力ハ、断絶ヲ前提トシテ初メテ意味ヲ持ツ』」

「『第四封印。京都。五重塔ノ軒裏ニ刻ミ、高キ場所ニ隠ス。見上グル者ノミガ見出ダス。此ノ封印ハ、志ヲ持ツ者ヘノ試練ナリ』」

「『第五封印。沖縄。此ノ封印ハ断絶ソノモノナリ。封印ノ内容ハ空白トス。空白ヲ埋ムルハ後世ノ民ナリ。余ガ書クベキニアラズ』」

 直人は立ち上がった。

「第五封印が空白なのは——設計者が意図的に残したものだ。後世の人間が書くべきだと。つまり、空白を埋めること自体が——」

「暗号の最終的な解答」真琴が続けた。「暗号は、解読されるだけでは完成しない。空白を埋める行為をもって、初めて完成する」

「だが、何を書けばいいのかは指定されていない」

「指定されていないことが、設計なのだと思います」

 真琴は拓本を見つめた。

「この暗号は——問いかけなのですね。百五十年後の私たちへの問いかけ。『断絶を含んだ国家を、あなたたちはどう定義するのか』と」

 直人は窓の外を見た。北谷の海が、夕日を受けて赤く染まっている。

「全文はまだ続いているか」

「はい。封印の設計の後に、もう一つの記述があります」

 真琴は八枚目の拓本——壁面の最下部に相当する部分を手に取った。

「『付記。封印ノ完全ナル解読ニハ、五ノ地点ノ確認ニ加ヘ、地下最奥ヘノ到達ヲ要ス。地下最奥ハ此ノ壕ノ先ニアラズ。別ノ場所ニ在リ。五点ヲ結ブ線ノ収束点——富士ノ地下ニ、真ノ最奥アリ。其処ニ、余ガ最後ニ残セシモノアリ』」

 富士の地下。

 DNAに刻まれた「富士山頂に鏡あり」と、この付記が指す「富士の地下」。山頂と地下。対照的な二つの場所。

「富士山には、山頂にも地下にも何かがある」

「はい。鏡は山頂に。そして設計者の最後の遺物は——地下に」

 直人は腕を組んだ。

「だが、今すぐ富士山には行けない。内調が先に動く可能性がある。早川のデータが抜かれた以上、DNAの解析結果——『富士山頂に鏡あり』は内調も把握している」

「時間との勝負ですね」

「ああ。そして——もう一つ問題がある」

 直人は拓本の七枚目を手に取った。壁面の第三条と第四条の間に、小さな文字が刻まれていた。条文とは異なる書体。走り書きのような崩し字。

「ここに、もう一行ある。条文には番号がつけられているが、この一行には番号がない。条文ではなく——個人的な書き込みだ」

 直人はルーペで文字を確認した。

「『国家ヨリモ大切ナモノガアル。ソレヲ知リタル者ノミガ、第五条ヲ書ク資格ヲ持ツ』」

 国家よりも大切なもの。

 直人はルーペを下ろした。

「設計者は——更新派でありながら、国家そのものを最上位の価値とは見なしていなかった」

「国家よりも大切なもの」真琴が繰り返した。「それは何でしょうか」

「分からない。だが、この一行が第五条の鍵なのかもしれない。空白を埋めるために必要なのは、国家の定義ではなく——国家よりも大切なものの理解だ」

 夕日が沈んでいく。北谷の海が、赤から紫へ、紫から藍へと色を変えていく。

 直人は拓本を丁寧に巻き直し、防水袋に収めた。

「明日、沖縄を発つ。東京に戻り、早川と合流する。そして富士山に向かう」

「十月二十三日まで——」

「あと三十日」

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