第三章 城刻印
その日の午後、直人は修復室に戻らなかった。
上野駅から山手線に乗り、東京駅で降りる。丸の内側の出口を抜け、皇居外苑に向かって歩いた。八月の太陽が容赦なくアスファルトを灼き、観光客の群れが木陰に逃げ込んでいる。
直人は汗を拭いもせず、大手門をくぐった。
皇居東御苑。かつての江戸城本丸跡。天守台の石垣が、青空を背景にそびえている。
観光客に混じって石垣に近づいた直人は、スマートフォンのカメラを起動した。不自然ではない。誰もが写真を撮っている場所だ。
だが直人が撮影したのは、風景ではなかった。
石垣の表面だ。
切り込み接ぎと呼ばれる工法で精密に加工された花崗岩。その表面に、各藩が刻んだ刻印が残されている。丸、三角、扇、十字——築城に参加した大名たちの印だ。これ自体は広く知られた事実で、案内板にも記載がある。
直人が探しているのは、案内板に載っていない刻印だった。
二重和紙の図形を早川に解析させた際、AIが検出したもう一つのパターンがあった。五点の座標データと、過去に直人自身が修復した別の文書に含まれていた記号との一致だ。
その記号は、円の中に「未」の字を崩したような形をしていた。
直人は石垣の下段、地面から八十センチほどの高さを丹念に撮影していった。刻印の多くは風化が進み、肉眼での判別は難しい。だが修復士の目は、石の表面のわずかな凹凸を読み取ることに慣れている。
十五分ほど歩いたとき、直人の足が止まった。
あった。
他の刻印と比べて明らかに小さい。直径三センチほど。位置も不自然だ。石の角、通常なら刻印を打たない場所に、隠すように刻まれている。
円の中の、崩し字。
直人は高解像度で撮影し、画像を拡大した。風化は進んでいるが、輪郭は読み取れる。
間違いない。二重和紙のAI解析で検出されたパターンと、同じ記号だ。
和紙に繊維で刻まれた記号が、江戸城の石垣にも存在する。
制作年代が近い。場所が近い。そして記号が一致する。
偶然ではあり得ない。
直人はその場にしゃがみ込み、石の表面をじっと見つめた。百五十年以上前、誰かがここに来て、この石にこの印を刻んだ。和紙に日本列島を漉き込んだのと同じ人物か、あるいは同じ組織の人間が。
背後で、カメラのシャッター音が聞こえた。
直人は反射的に振り返った。
五メートルほど離れた場所に、スーツ姿の男が立っていた。観光客にしては場違いな服装だ。男はスマートフォンを構えていたが、そのレンズは石垣ではなく、直人に向けられていた。
目が合った。
男は無表情のまま、スマートフォンをポケットにしまい、踵を返した。早足で大手門の方向に歩いていく。
直人は追いかけなかった。追いかける理由がない——と、理性は言っている。だが、背筋を這い上がる冷たい感覚は、理性では説明できなかった。
見られていた。
何を。いつから。誰に。
直人はスマートフォンの画面を確認した。石垣の刻印の写真。二重和紙の解析データ。早川との通信履歴。
すべてが、繋がり始めている。
直人はまだ知らない。あのスーツの男——内閣情報調査室の真壁透が、三ヶ月前からこの石垣を監視していたことを。そして真壁がこの刻印の意味を、直人よりもはるかに深く理解していることを。
皇居東御苑の上空を、一羽の鷺が横切った。白い翼が、八月の光を一瞬だけ遮る。
直人は空を見上げた。
守る技術。
その言葉が、今は少しだけ違う重さを持って、胸の中に沈んでいった。




