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第二十八章 包囲  

洞窟を出ると、空気が変わっていた。

 太陽の角度ではない。風でもない。崖の上に、人がいた。

 三人。黒いスーツ。サングラス。

 直人が亀裂から体を引き上げた瞬間、三人のうちの一人が近づいてきた。

「鷺宮直人さんですね。ご同行願います」

 声に感情がない。訓練された話し方。

「どちらの方ですか」

「内閣官房です」

 内調ではない。内閣官房。格が一つ上だ。

 直人は防水袋を背中に回した。拓本がこの袋の中にある。

「任意ですか、強制ですか」

「任意です。ただし、ご協力いただけない場合——」

「任意なら、お断りします」

 スーツの男の表情が硬くなった。だが、それ以上は踏み込まなかった。法的根拠のない拘束はできない。まだ。

「では、一つだけお伝えします。この一帯は本日十八時をもって、文化財保護法に基づく緊急立入制限区域に指定されます。以降、許可なき立入は法的措置の対象となります」

 十八時。あと四時間。

「理由は」

「地下壕の崩落危険性に伴う安全措置です」

 嘘だ。この洞窟は百五十年以上安定している。崩落の兆候などどこにもない。

 だが、法的な建前としては成立する。文化財保護法の緊急措置は、自治体の首長の判断で即日発効できる。国が裏で糸を引けば、糸満市長の判断一つだ。

「承知しました」直人は言った。

 スーツの三人は、直人が崖を離れるのを確認してから、亀裂の周囲にロープを張り始めた。

 直人は駐車場に向かいながら、スマートフォンを取り出した。

 真琴へ。

『封鎖が始まった。十八時に立入制限。拓本は確保済み。合流場所を指定してくれ。』

 三条へ。

『文書は安全ですか。内閣官房が動いています。ホテルに戻らないでください。』

 早川へ。

『データの暗号化は完了したか。今後の通信はシグナル経由にする。電話とSMSは使うな。』

 三通のメッセージを送り終えた直人は、レンタカーに乗り込んだ。

 エンジンをかける前に、バックミラーを確認した。駐車場の入口に、白いセダンが停まっている。乗っている人間の顔は見えないが、エンジンがかかったまま待機している。

 尾行。

 直人はエンジンをかけ、駐車場を出た。国道を北に向かう。白いセダンは三台後ろについてきた。

 直人は冷静に考えた。

 拓本は確保した。三条の文書もデジタルコピーが分散されている。早川のデータは暗号化済み——たぶん。物証は散らばっている。一箇所を押さえても、全体は消せない。

 だが、洞窟は封鎖される。壁面の原本には、もうアクセスできない。

 そして——第五条の空白。あの空白に残された指紋。拓本には写し取ったが、指紋の主が誰かを特定するには、原本との照合が必要だ。

 封鎖されれば、照合はできない。

 直人は那覇市内に入り、交通量の多い国際通りの裏手に車を停めた。白いセダンは通りの向こう側に停車した。

 直人は車を降り、歩き始めた。人混みに紛れる。裏路地に入り、市場のアーケードを抜け、再び表通りに出る。尾行は——いない。沖縄の複雑な路地は、追跡者にとっても厄介だ。

 直人はスマートフォンを確認した。真琴からの返信。

『北谷のコインランドリーの駐車場で合流しましょう。三条さんとは別行動中。三条さんは安全な場所に移動済みとのことです。』

 コインランドリー。監視カメラがあるかもしれないが、人目につきにくい場所だ。

 直人はタクシーを拾い、北谷に向かった。


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