第二十三章 降下
九月二十三日。午前六時。
摩文仁の崖の上に、三人が立っていた。直人、真琴、三条冬美。
装備は最低限だ。ヘッドランプ、ロープ、手袋、水。直人がホームセンターで前日に揃えた。三条は紬から作業着に着替えていた。六十代後半とは思えない身のこなしだった。
「若い頃、山岳会に入っていました」三条が直人の視線に気づいて言った。「洞窟探検の経験もあります」
亀裂の幅は最大三十センチ。直人が先に降りた。体を横にし、石灰岩の壁面に手と足をかけながら、ゆっくりと下降する。
二メートルほど降りると、空間が広がった。ヘッドランプの光が、天井の低い洞窟を照らす。高さ一メートル半。立っては歩けないが、中腰なら移動できる。
「大丈夫です。降りてきてください」
真琴が続いた。スカートではなく、ジーンズに履き替えている。最後に三条が降りた。
洞窟の空気は冷たく、湿っていた。石灰岩の壁面に水滴がついている。鍾乳石の小さな突起が、天井からぶら下がっている。
直人はヘッドランプで洞窟の奥を照らした。通路は緩やかに南東へ向かって伸びている——海の方向だ。
「この洞窟は自然のものですか」真琴が訊いた。
「基本構造は自然の鍾乳洞だ。だが——」直人は壁面を観察した。「人の手が入っている。壁面を削って通路を広げた痕跡がある。ただし、削り方が二層ある」
「二層?」
「古い層は、工具の痕跡から見て明治から大正期。新しい層は——」
直人は壁面の削り跡に指を当てた。
「昭和。おそらく戦時中だ」
三人は黙った。
沖縄戦。この洞窟は、戦時中に壕として使われた可能性がある。日本軍が陣地として使ったか、あるいは民間人が避難場所として。
通路を進むにつれ、洞窟の構造が変わった。天井が高くなり、幅が広がる。ヘッドランプの光が届かない暗闇が、奥に広がっている。
直人は足を止めた。
「何かある」
通路の床——石灰岩の地面に、線が刻まれていた。螺旋状の線。出雲の用水路底板と同じパターンだ。
だが、出雲の螺旋が二重だったのに対し、ここの螺旋は三重だった。外側、中間、内側。三つの螺旋が同心円状に巻いている。
「三重の螺旋」三条が呟いた。「三種の神器に対応しているのでしょう。外側が鏡、中間が剣、内側が勾玉」
螺旋の中心に、何かが埋め込まれていた。
直人はヘッドランプの角度を変え、光を集中させた。
石灰岩の中に、円形の金属片が嵌め込まれている。直径五センチほど。緑青に覆われた銅合金——いや、青銅だ。
直人は金属片の表面をルーペで確認した。
文字が刻まれている。崩し字ではない。正式な楷書体の漢字。
「『鏡ハ照ラシ、剣ハ断チ、勾玉ハ結ブ。三ツ揃ヒテ尚、未完ナリ』」
真琴が読み上げた声が、洞窟の中で反響した。
「『未完ナリ』——」
「続きがあります」直人が言った。金属片の裏面にも文字があった。
「『第五ノ封印ハ完成ニアラズ。断絶ヲ認メ、断絶ヲ抱キ、断絶ト共ニ在ルコトヲ以テ、真ノ統合トナス』」
洞窟の中に沈黙が降りた。水滴が天井から落ちる音だけが、規則的に響いている。
断絶を認め、断絶を抱き、断絶とともに在る。
それが、設計者の最終的なメッセージだった。
五つの点が完全な勾玉を描かないのは、欠陥ではない。沖縄の座標がずれているのは、エラーではない。断絶は——断絶として存在し続けることが、このシステムの設計思想なのだ。
完全な統合は幻想であり、断絶を含んだまま在ることこそが、国家の真の姿。
「先に進めますか」三条が訊いた。
直人はヘッドランプで通路の奥を照らした。螺旋の先に、さらに通路が続いている。
「進みましょう」




