第十九章 閲覧記録
九月二十一日。真琴は書陵部の内部システムにログインした。
早朝六時。同僚たちが出勤する前の、誰もいないオフィス。モニターの青白い光だけが、真琴の顔を照らしている。
非公開目録の閲覧記録。書陵部の所蔵品は、閲覧のたびに日時・閲覧者・目的が記録される。デジタル化されたのは平成以降だが、それ以前の紙の台帳も、画像データとしてシステムに取り込まれている。
真琴は検索した。「神宝遷座ニ関スル覚書」。
ヒットしたのは三件。
一件目。昭和二十一年八月十五日。閲覧者:宮内省(当時)書陵部長。目的:GHQ指令に基づく文書確認。
終戦直後。GHQが皇室関連文書の調査を指示した時期だ。書陵部長自らが閲覧している。
二件目。昭和六十四年一月七日。閲覧者:宮内庁次長。目的:大喪の礼準備に伴う文書確認。
昭和天皇の崩御の日だ。宮内庁次長——真琴は画面を凝視した。次長の名前は「九条清隆」。
祖父。
真琴の指が、キーボードの上で止まった。
祖父は、昭和天皇崩御の日に、この文書を閲覧していた。大喪の礼の準備という名目で。だが大喪の礼に「神宝遷座ニ関スル覚書」が必要な理由は、通常の業務では考えられない。
三件目。平成三十一年四月三十日。閲覧者:記載なし。目的:記載なし。
令和への改元の日。平成最後の日に、誰かがこの文書を閲覧している。しかし閲覧者名と目的が空欄だ。
システムエラーか、意図的な抹消か。
真琴は閲覧記録の詳細データを開いた。記載なしの三件目に、一つだけ情報が残っていた。端末ID。閲覧に使用された端末の識別番号だ。
端末IDを検索する。
結果が出た。使用端末は——書陵部長室のPC。
平成三十一年四月三十日の書陵部長。真琴は人事記録を確認した。当時の部長は退官済みで、現在は——
真琴の手が止まった。
当時の部長は、退官後、三条財閥の文化事業団の顧問に就任していた。
三条冬美。
更新派の直系が、書陵部の元部長を取り込んでいた。あるいは、元部長自身が更新派の一員だったのか。
真琴はシステムをログアウトし、モニターの電源を切った。
祖父。GHQ。三条冬美。
閲覧記録の三つの日付が、日本の転換点と完全に重なっている。終戦。昭和の終焉。平成の終焉。
国家が揺らぐたびに、誰かがこの文書を確認していた。そして文書は、最後の閲覧のあと——消えた。
真琴はオフィスを出て、廊下を歩いた。窓の外に、皇居の森が朝日を受けて輝いている。
明日、沖縄へ発つ。
祖父が守ろうとしたもの、三条冬美が求めているもの、そして真壁透が封じようとしているもの。それらが沖縄で交差する。
真琴は廊下の窓に手をついた。
自分は何を選ぶのか。
国家の安定か。真実か。
その二つが両立しないかもしれないという恐怖が、真琴の胸を締めつけていた。




