第十八章 合流
九月二十日。早川の研究室に、三人が集まった。
直人は京都から戻り、頬がやつれていた。真琴は出雲から戻り、日焼けが残っていた。早川はモニターの前から一歩も動いていないが、目に異様な光があった。
「整理します」早川がホワイトボードに向かった。
マーカーで書き出す。
「一。五点座標確認状況。東京——刻印確認。伊勢——刻印+鉄片確認。京都——刻印確認(観光写真経由)。出雲——刻印+螺旋確認。沖縄——未確認」
「二。各点の神器対応。東京=鏡(光学装置)。伊勢=剣(鉄片)。出雲=勾玉(螺旋)。京都=不明。沖縄=不明」
「三。追加発見。墨の放射線——富士山収束。墨の数列——明治元年九月六日。京都覚書——維持派・更新派の存在証明。SNS流出——ノイズで対処済み。内調・真壁透——接触済み」
「四。新情報。三条冬美——更新派直系。沖縄に向かっている可能性」
早川はマーカーのキャップを閉じ、振り返った。
「で、先輩。どうします」
直人はホワイトボードを見つめた。
「沖縄に行く。だが、その前に一つ解決しなければならないことがある」
「何すか」
「京都の覚書は、維持派と更新派の存在を示す直接的な証拠だ。だが、更新派が何を仕込んだのかの全体像は、まだ見えていない。五つの座標が勾玉を描くことは分かった。各点に神器を示す物証があることも分かった。墨の放射線が富士に収束することも分かった。——だが、これだけでは『暗号を解いた』ことにならない。暗号のメッセージが何なのか、まだ分からない」
「先輩の仮説は」
直人は腕を組んだ。
「暗号は単なるメッセージではなく、装置だと思う。解読されること自体が、何かを起動するトリガーになっている。二重和紙の折りが立体を生成したように、すべての情報が揃って初めて動き出す仕組みがある」
真琴が口を開いた。
「鷺宮さん。一つ、報告があります」
三人の視線が真琴に集まった。
「出雲から戻る途中、書陵部に立ち寄りました。あの巻子——二重和紙の巻子の所蔵記録を、もう一度洗いました」
「何か見つかったんですか」
「巻子が収められていた書庫の棚に、もう一つの桐箱がありました。以前は気づきませんでした。巻子の箱の真後ろ、棚の奥に押し込まれていた」
真琴は鞄から、写真を印刷した紙を取り出した。
「中身はこれです」
写真には、一枚の和紙が写っていた。巻子の二重和紙とは異なる、厚手の楮紙。表面に、大きな文字が一字だけ書かれている。
墨の文字。
「未」。
三人は沈黙した。
「未」。未完の「未」。未来の「未」。
そして——十二支の「未」。ひつじ。方角では南南西。
南南西。
東京から見て南南西の方角には——
「沖縄だ」直人が呟いた。
「この『未』の字は、沖縄を指している。そして同時に、この暗号全体が『未完成』であることを宣言している」
「未完成——」
「更新派の暗号は、意図的に未完成に設計されている。完成させるかどうかは、未来の人間に委ねられている。それが更新派の思想だ。『後世の国民に判断を委ねる構造を提案』——覚書に書かれていた通りだ」
早川がホワイトボードに、大きく「未」と書き加えた。
「じゃあ、俺たちは何をすればいいんすか。完成させるんすか。それとも——」
「分からない」直人は正直に言った。「だが、完成させるにしろ未完のままにしろ、まず全体像を把握しなければ判断できない。沖縄に行く。五点目を確認する。そしてその先に何があるか——」
「直人さん」
真琴が、初めて直人を名前で呼んだ。
直人は一瞬、言葉を失った。早川がにやりとしかけたが、真琴の表情の真剣さに、口を噤んだ。
「私も沖縄に行きます。五点目は——断絶の点です。沖縄は、日本という国家の最大の傷です。そこに何があるのかを、書陵部の人間として確認する責任が、私にはあります」
直人は頷いた。
「早川は」
「俺はここで解析を続けます。沖縄で何が見つかっても、リアルタイムで照合できる態勢を整えときます。あと——」
早川は珍しく言い淀んだ。
「三条冬美って人のこと、調べました。旧三条財閥の当主。表向きは文化財保護の篤志家。裏では——かなりの情報ネットワークを持ってるっぽいです。政治家、官僚、学者、ジャーナリスト。更新派の直系だとしたら、百五十年分の人脈がある」
「敵か味方か」直人が尋ねた。
「分かりません。でも——この人、沖縄にいま滞在してるっぽいんすよね。ホテルの予約情報とかは流石にハックしてないっすけど、SNSの位置情報から推定すると、九月上旬から沖縄に入ってる」
九月上旬。二重和紙が発見されるよりも前だ。
三条冬美は、直人たちよりも先に動いていた。更新派の直系として、暗号の存在を最初から知っていたのかもしれない。
「出発は明後日にしましょう」真琴が言った。
「なぜ明後日?」
「明日、一つだけやらなければならないことがあります。書陵部の非公開目録にある、所在不明の文書——『神宝遷座ニ関スル覚書』。あの文書を最後に閲覧した人物の記録を確認します。閲覧記録は書陵部の内部システムにあります」
「見つかるか」
「分かりません。でも——」
真琴は「未」の字の写真を見つめた。
「未完のまま進むしかありません」
直人は窓の外に目をやった。九月の東京。空はまだ夏の色を残している。
十月二十三日まで、あと三十三日。
沖縄で——何が待っているのか。
直人はまだ知らない。
断絶の点が意味するものを、三人はまだ誰も理解していなかった。




