第十二章 伊勢の鉄
九月十日。
早川が手配した白いカローラで、直人は東名高速から伊勢湾岸道を経由して伊勢に向かった。平日の昼間、交通量は少ない。バックミラーには特定の車両が映り続けることもなく、直人は七時間の運転の末、伊勢市内のビジネスホテルにチェックインした。
翌朝、外宮から内宮へ向かうおはらい町を歩いた。観光客に紛れて歩くのは東京よりも容易だ。帽子を被り、サングラスをかければ、修復士の目つきも隠せる。
目指すのは伊勢神宮の周辺にある、ある石造物だった。
早川のAI解析で、二重和紙の五点座標のうち「伊勢」の点が示す正確な位置が特定されていた。それは内宮の本殿ではなく、内宮から南西に約二キロ離れた、一般にはほとんど知られていない場所だった。
朝熊山の麓。伊勢志摩スカイラインの入口近くに、苔むした石碑が立っている。観光ガイドにも載っていない。地元の人間でさえ、存在を知らない者が多い。
直人は石碑の前に立った。高さ一メートル半ほど。花崗岩製。風化が進み、表面の文字はほとんど読めない。だが直人のルーペは、風化の下に隠された構造を捉えた。
石碑の側面。地面から四十センチの高さ。
刻印があった。
円の中の崩し字。皇居の石垣と同じ記号。
直人は高解像度で撮影し、早川に送信した。
『伊勢座標地点の石碑に刻印確認。皇居の刻印と同一パターン。一致率の解析を頼む。』
だが、伊勢での発見はそれだけではなかった。
石碑の基部——地面に埋もれている部分に、直人は異質な素材を発見した。
鉄だ。
石碑の基部に、小さな鉄片が嵌め込まれている。錆びて赤茶色に変色しているが、形状は意図的に整えられている。長さ三センチ、幅一センチほどの細長い鉄片。
直人は鉄片に触れなかった。現状を記録することが優先だ。
だが、鉄片の形状が記憶の中の何かと重なった。
太政官文書の「神器奉安之図」。あの図面に描かれていた記号の一つに、細長い楔形の記号があった。その形と、この鉄片の形が似ている。
直人はスマートフォンで太政官文書の画像を呼び出し、鉄片と並べて比較した。
形状は一致する。だが、この鉄片が何を意味するのかは分からない。
神器の「剣」との関連か。三種の神器のうち、天叢雲剣。剣は鉄だ。
直人は石碑の周囲を一周した。石碑の裏面に、もう一つの情報があった。
小さな矢印が刻まれている。方角は——北東。
北東の方角には、内宮がある。
直人は矢印の方向に目をやった。木々の間から、五十鈴川のせせらぎが微かに聞こえる。
石碑は、内宮を指している。そして鉄片が嵌め込まれている。
もし五つの座標すべてにこうした物証があり、それぞれが三種の神器——鏡・剣・勾玉——のいずれかを示唆しているとしたら。
伊勢は剣だ。
では東京は。皇居の石垣の光学装置。光を反射し集光する構造。それは——鏡。
東京は鏡。伊勢は剣。
残る出雲と沖縄は——勾玉か。
直人はホテルに戻り、発見をすべてまとめて真琴と早川に送った。
真琴からの返信は遅かった。三時間後、短いメッセージが来た。
『出雲での調査準備中です。一つ、気になることがあります。書陵部の内部で、私が有給休暇を取ったことについて問い合わせがありました。通常はない手続きです。誰かが——私の行動も監視し始めたかもしれません。』
直人は伊勢のホテルの窓から、夜の街を見下ろした。
暗号は百五十年間眠っていた。だが今、三人が同時に動き始めたことで、暗号だけでなく——暗号を守ってきた側も、動き始めている。




