第十一章 追跡者
伊勢への出発は、九月八日に決まった。
早川の研究室で三人が集まったのは、皇居の光が消えた翌日の午後だった。直人が伊勢と京都、真琴が出雲、早川がリモートで全体のデータ解析を担当する。沖縄は最後に三人で向かう——それが当初の計画だった。
だが、計画は初日から崩れた。
東京駅の新幹線ホーム。直人がのぞみ号の自由席車両に乗り込もうとしたとき、改札口の方向に見覚えのある影を認めた。
スーツの男。
皇居東御苑で直人を撮影した男と同じ体格、同じ歩幅。だが今日は顔が違う。眼鏡をかけ、髪型も変えている。別人だと思わせる程度の変装。しかし歩き方は変えられない。人間の歩行パターンは指紋と同じで、意図的に変えない限り一定だ。
直人は修復士だ。物の微細な差異を見分ける訓練を、十年以上続けてきた。人間も物も、本質は変わらない。表面を変えても、構造は残る。
直人は乗車をやめた。
ホームのキオスクで缶コーヒーを買い、ベンチに座った。スマートフォンを取り出し、真琴にメッセージを送る。
『尾行されている。新幹線は使えない。別ルートを検討する。』
返信は一分後。
『了解。レンタカーはどうですか。高速道路のNシステムは避けられませんが、新幹線よりは自由度があります。』
直人は考えた。Nシステム——自動車ナンバー自動読取装置。高速道路の主要地点に設置されている。警察や情報機関は、特定のナンバーを追跡できる。
早川にもメッセージを送った。
『レンタカーのナンバーは追跡される可能性がある。対策はあるか。』
『ないっす。でも、俺の知り合いで中古車販売やってる奴がいます。名義変更なしで一週間だけ貸してくれるかも。合法かは微妙っすけど。』
『頼む。』
『了解っす。あと先輩、一個確認。皇居の光のスペクトル分析、結果出ました。光源は——月光です。』
『月光?』
『反射光っす。光が出た夜、月齢は十三・二。ほぼ満月。月光が石垣の特定の面で反射・集光されて、あの光の筋が生まれた。つまり先輩の仮説通り、石垣自体が光学装置です。で、ここからが重要なんすけど——次に同じ条件(月齢+石垣の角度+季節)が揃うのは、十月二十三日です。』
すべてが十月二十三日に収束する。
直人はベンチから立ち上がり、東京駅の雑踏に紛れた。スーツの男は——もういなかった。
追跡者を撒いたのか、それとも追跡者が意図的に姿を消したのか。後者だとすれば、直人が新幹線を降りたことは既に報告されている。
直人は丸の内の地下道を歩きながら、奇妙な感覚に囚われていた。
追われている。だが、殺されかけているわけではない。脅迫もない。ただ、見られている。
それは追跡なのか。
あるいは——監視なのか。
追跡と監視は違う。追跡は対象を止めるために行う。監視は対象を泳がせるために行う。
もし内調が直人を「泳がせている」のだとしたら——目的は何だ。
直人にはまだ、その答えが見えなかった。




