8話 生きた証
「ダスト、来ました!」
開幕、例のダストが展開された。
手筈通り、ハウンドの機体カメラの性能を一時的に落とす。
「各員、体調はどうだ」
「バッチリです、司令!」
「カメラは見づらいですけどね」
「輸送機が何かを投下!」
「ダストか?」
「わかりません!」
カメラを低解像度化している影響で、彼ら自身も状況を把握し兼ねている。
「輸送機が爆弾以外に投下するもの。恐らく敵のハウンドです」
「だろうな。撃ち落とせ!」
だが射撃には平常時の精彩を欠く。
カメラの影響がここにも出てしまっている。
「くそ、うまく当たらない!」
「落ち着いて、もう1回狙おう」
カメラの性能は失われながらも、1件、また1件と命中報告が届く。
だが、いかんせん数が多い。
投下された物は、あえなく島へと侵入した。
「レーダーに捉えた。敵ハウンド30。
アルファは左翼展開せよ。ブラボーは右翼展開せよ。チャーリーは正面から相対せよ」
「了解!」
「1機も通すな!」
「まだダストの影響下だ。油断するなよ!」
「1箇所に固まるなよ!」「弾幕展開!」「仇を討つんだ!」
子供たちが次々に交戦を開始する一方で、
私は今、1人、サーバルームにいる。
基地の外れ。見た目は無骨なコンクリートの塊に見える、研究施設の地下。
司令室の管制システムの全権限は、サーバルームの管理者用ターミナルへ移行した。
ここが最後の砦。
彼らの魂とも呼ぶべき蓄積された戦闘データの、最終防衛ラインとなる。
場所を移したところで、
戦闘の状況確認は、モニタの光点と、彼らからの通信に頼ることに代わりはない。
「1機撃破!」
「こっちも、1機やった!」
数では向こうが優位でも、
個々の能力および連携能力は子供たちに分がある。
それでも……。
「押されてる!下がれ!」
「くそ!リョウマがやられた!」
1つ。
「やられた……あとは、頼む!」
また1つと。
子供たちも無事では済まない。
味方の光点は既に3つ消えていった。
彼らが全力で戦いさえすれば、多少の数の優位など如何様にも覆せる。
しかし今はそれも叶わない。歯がゆい。
子供たちの戦線が徐々に押されている。
これ以上、数を失うわけにはいかない。
次の手を打つ。
「これは……ビーコン?基地から?」
「違う!施設からだ!」
「司令?何を!」
困惑の声を上げる子供たちを尻目に。
「親愛なるアークス諸君。聞こえるかね」
私はオープン回線で呼びかけた。
「諸君らの欲するデータはここにある。
欲しくば、取りに来たまえ」
敵の光点に動きが見られる。
各所に散る光点が、ビーコンに吸い込まれるよう進路を取った。
食いついたな。
「司令!何してるんですか!」
「諸君らは、この方が防衛しやすかろう」
戦力を重要拠点にのみ集中させる。
今も昔も、私のやり方だ。
限られたリソースを活用するには、この手が有効だ。
「しやすかろう、って……」
「敵が来たら、無事では済まない!」
「殺されますよ!」
自分たちは最前線で今なお命懸けで戦いながら、後方の私を気に掛けるとは。
まったく、心配性な者たちだ。
「別働隊がいたらどうするんです!」
「僕達より早く、そこにたどり着かれたら……」
「もし生身の工作員なら、司令のレーダーに映らないでしょ!」
それも織り込み済みだ。手を打ってある。
「この部屋にはトラップが仕掛けてある。
敵が扉を開ければ、サーバマシン諸共、この部屋は消し飛ぶ」
子供たちの受け答えに、一瞬の間があった。
「マジかよ……」
「イカレてるよ、司令……」
「だが」
無論、私も簡単に死ぬつもりはない。
「君たちが、守ってくれるんだろう?」
少しの沈黙の後。
「まったく……世話が焼けますね!大人のくせに!」
ショウの声が、呆れながらも、どこか楽しげに聞こえた。
「全機!ビーコンの位置まで下がれ!」
「司令を守るぞ!」
「絶対に通すな!」
* * *
時刻0030を過ぎた。
味方の光点の数は、残り6。
ターゲット数は残り10。
よもや、ここまでの消耗戦になろうとは。
既に、互いに戦力の60%以上を消失している。
「もう少しだ!堪えろ!」
「ダメだ!もう弾がない!」
「僕もだ!でも心配するな、盾にはなってやるさ」
避難の完了は、まだか。
私たちには、退こうにも撤退する場所などない。
ここまでの戦力を投下した以上、敵にとっても撤退は許されまい。
地獄を背負っているのは、双方同じか。
そのとき、子供たちのものではない別の通信が入った。
「司令。船が戦闘区域を離脱しました」
待ち望んだ味方の声だ。
時刻は0040。遅くなったが、想定内だ。
「ご苦労。よくやった」
これで、責務は果たした。残るは。
「全機、聞け」
最後の一仕事だ。
「船は安全区域に出た。これより、最終フェーズに入る」
この戦いが終わるのは、
奴らがサーバのデータを奪取したとき。
あるいは、子供たちが奴らを殲滅したとき。
そして。
「諸君らの戦闘データを、全て消去する」
戦う理由がなくなったときだ。
これにより、彼らが受け継いできた魂とも言うべき情報の塊は。
ナンバー001の時代より積み重ねてきたであろう20年あまりの年月は。
全て無に帰す。
「これよりサーバはデータ削除のフェーズに入る。
諸君らのリンクは使えない。各員、より連携を密にせよ」
「なんで、そんなことを?」
「これで諸君らの記憶は、諸君らのみが持つ唯一のものとなった。
諸君らがここに生きた証を、誰も踏みにじることはできない」
「生きた、証……?」
「そうだ!誰にも、奪わせるな!」
声を張り上げ、叫んでいた。
熱が入ってしまったので、一度深く呼吸をし、自らを落ち着かせる。
「諸君らが、自分で地獄まで持っていけ」
「司令……分かったよ」
それから再び、奴らに呼びかけた。
「親愛なるアークス諸君。
諸君らが求めて止まない戦闘データは、間もなく全て消去される」
オープン回線での呼びかけ。
この主張が通れば戦闘は終了。
だが、消去のプログラムが進行中であることを奴らに示す手段がない。
「諸君らの望み通り、彼らを真に解放する。
もうここに用はなかろう。
本国へ帰り、そのように伝えたまえ」
案の定、攻撃の手は止まない。
戦闘を終わらせるには、もう1アクションが必要だ。
次に子供たちに向け、通信を発した。
「これは私にとっての贖罪の戦いだ。巻き込んでしまい、すまない」
「どういうことです?」
「私が軍備を再編しなければ、諸君らの負担は免れた。
私がしくじらなければ、タイキは死なずに済んだ。
即ち」
次の言葉のために、一度言葉を区切った。
「タイキの真の仇は、私だ」
このことを、どうしても彼らに伝えたかった。
応答は、何もなかった。当然だ。この反応も想定内だ。
構わず呼びかけた。
「諸君らに命ずる。その火力を以て、私諸共施設を破壊せよ。
諸君らにはその資格が……」
「何を言うのかと思ったら」
「とっくに知ってるよ、そんなの」
「今更、何言ってるんですか」
続けて話す私の言葉を、彼らは遮った。
「あなたは、仕事中にパンケーキを食べた。
起きるはずのない戦闘を、危険を顧みず指揮した。
そして、私たちの名前を呼んでくれた」
「ショウ……」
「私たちはとっくに共犯者ですよ」
戦いの最中だというのに、ショウの声はとても穏やかだ。
「その命令だけは、聞けません」
「だが!」
「じゃあ、お願いがあります」
ショウが続けて告げた。
「私たちの寿命は数年で尽きますので。
代わりに生きて下さい。そして」
通信の最中にも、光点は減っていく。
敵のハウンドは、気がつけば残り3機になっていた。
子供たちも、残りは3機。
「できたら、語り継いで下さい。私たちがいたこと」
穏やかな声はそこで終わり。
「最後のアタックを仕掛ける!火力を集中させろ!全機、突撃!」
ショウはリーダーとしての声を張り上げた。
「ショウ……。君は最後まで、勇敢なリーダーだな」
やがて。
全ての光点が消失。
ここまで聞こえていた振動が、轟音が、ピタリと収まった。
私は自らが扉に仕掛けたトラップを外し、
代わりにサーバマシンへ時限信管を仕掛けた。
10分もあれば、爆破の範囲外まで移動できよう。
外はとても静かだ。
地を這うハウンドの音も、空を飛ぶ輸送機の音も、
銃弾の音も砲撃の音も、何もかも。
もはや聞こえなかった。
硝煙の臭いと破損した建物や機械の残骸が、ここが間違いなく戦場であったことを物語っていた。
一人歩く私の遠く後ろで、時限信管の爆音が轟いた。
そのあとは、また静寂。
『11番――ショウは、とても臆病な性格である』
老司令官の日誌に記されたその一文を、私は思い出していた。
* * *
あれだけ執拗に鳴っていたアークスからの声明文は、綺麗さっぱりなくなった。
以降今日まで、奴らが再び現れることはなかった。
避難した島民が戻り日常を取り戻す一方で、
基地から引き上げた同僚たちは、ここに戻ることはなかった。
そして、彼らの足跡も途絶えた。
あれから戦闘区域を周り、
子供たちのハウンドが14機、大破し打ち捨てられているのを確認した。
彼らが撃破した敵最新鋭ハウンド30機と、そのパイロットの無惨な姿も残されている。
ショウの機体と、彼らの遺体だけは、
どこを探しても見つけることはできなかった。
それ故、墓標は作らないことにした。
独断で退避を拒否し、戦闘が起きないはずの島で大きな戦闘を指揮した私は、
今や軍法会議を待つ身である。
だが「命あるまで島で待機せよ」と指示を受けてから今時点まで、何の音沙汰もない。
もはや、忘れられているのかもしれない。
私は『ラ・リサッカ』を訪れていた。
「お久しぶりです」
店員は迎えてくれるが、気がかりはやはり彼らのことだ。
「あの子たちは……」
「回答はできない」
それは、守秘義務だからではない。
「そうですよね。言えないですよね……」
本当に知らないからだ。
「頼みがある」
店員からの質問には答えないくせに、我ながら図々しい。
「彼のブレンドコーヒーを、メニューに入れてくれないか」
店員は少し戸惑った顔をしたが、すぐに何の話かを察した。
「名前は、そうだな……ハウンズブレンドだ」
「変わった名前ですね」
「それを、1ついただこう」
これもまた、彼らがここにいた証となればいい。
苦みと酸味を抑えたまろやかな口当たり。
フルーティな香りが、鼻腔を通り抜けた。




