6話 ダスト
『子供たちを直ちに解放せよ。繰り返す。子供たちを直ちに解放せよ』
ラジオでも、テレビでも、連中の声明文が1時間ごとに放送される。
電波に強制的に割り込んでいるのか。
見る度、気分が悪くなる。
26番と、少年時代に見たあの犬が重なる。
そして、全身の毛が逆立つ感覚を覚える。
拳が強く握られていたことに、爪の食い込む痛みで気づく。
奥歯を噛み締めていた痛みにも、そのときになって気づく。
日が昇り空の闇が彼方に追いやられた頃、
回収したフィルムの調査が終わった旨の報告を受けた。
「端的に申し上げるなら、対子供たち専用の『見る毒薬』です」
「どういうことだ」
「彼らの脳は優秀です。
周囲をよく観察し、敵の動きを予測し、違和感を見逃さない。
一度に多数の目標を捕捉し、その全てを演算する」
『子供たち』の優秀さについては、今更疑う余地もない。
続きを促した。
「これは、そんな彼らの特性をよく活かしている。
彼らは中空にバラ撒かれた全ての紙片を、演算に組み込もうとします」
私は思わず目を瞑った。
その後の説明は、聞くまでもなく察することができる。
「紙片の数は数万片に及び、ご丁寧に光沢まで付けて目を引きつけます。
さすがの彼らも、一度にそこまでのターゲットは処理できない」
その結果が脳のオーバーフロー。
優秀なセンサーが仇となった。
それを目撃した26番は行動不能に陥り、
その苦痛はリンクを通して全ての子供たちに伝わった。
11番の申告がなければ、恐らく全ての個体が廃人と化していただろう。
「研究資料にはTBD、『テオブロマ・ダスト』と記述がありました。
猟犬が飼い主に牙を剥いたとき、無力化するためものだと」
「テオブロマ?聞き馴染みのない単語だな」
「カカオに含まれる成分、テオブロミンが由来と考えられます。
人間はチョコレートを食べても平気ですが、犬に与えれば中毒症状を引き起こします」
人間にはリラックス効果を与える一方で、犬に対しては毒として働く、というわけだ。
なんという悪趣味な名称だ。
「ですが、極秘資料です。いったい何故、奴らがこれを……」
研究者の誰かが情報をリークした。
それしか考えられない。
誰が何の目的で……いや、今そんなことを気にしても仕方ない。
子供たちの力があれば空からの敵は脅威ではない。
だが、このテオブロマ・ダストとやらを使われたら。
彼らは無力だ。
忌々しい。
何が『子供たち』の解放だ。
戦闘データを奪取したいがための方便だ。
武装団体を自称しているが、即ちテロ組織である。
最新鋭UAV搭載の航空機を飛ばすほどの資本を、テロ組織が所持しているはずがない。
どこかの正規軍による、体の良い言い訳だ。
だが、連中は大義名分を得た。
従わなければ、我々が悪人だ。
世界からの経済制裁は免れない。考えたものだな。
今突きつけられている構造は至ってシンプル。
降伏か。抵抗か。
抗うための航空およびその他戦力は、軍備合理化を推し進めた過去の私自身が剥ぎ落とした。
今や残り15体のハウンドと『子供たち』だけが頼りだ。
だが……別の問題がある。
仲間の凄惨な死は屈強な兵士の戦意をいとも容易く削ぐ。
『子供たち』は今、震えている。
* * *
『子供たち』は朝食のため食堂に集まっていた。
しかし、座る姿勢に乱れがあるのは明確だ。
覇気に欠ける『子供たち』の色白な顔も、今日はより蒼白に見えた。
何体かは、身体の震えを隠しきれていない。
彼らが尽きれば、誰もこの島のハウンドを動かせない。
替えが利く安価な『パイロット』という設計思想にも関わらず、
今や、『子供たち』は替えの利かない貴重な存在に成り代わった。
そして、その貴重な戦力を既に1つ失った。
「11番。顔色が優れないようだが」
「問題ありません」
言葉とは裏腹に、その声が震えているのは明らかだ。
改めて食堂を見渡せば、
他の者たちも、俯いたまま、食事に手を付けようともしない。
個々に呼びかけても、話しかけても、どこか上の空だ。
目の焦点も定まっていない。
この様子では戦闘にならない。
抵抗はおろか、ハウンドを歩行させることすらままならない。
……こんなとき、老司令官ならどう声をかけただろうか。
* * *
司令室に戻った私は、前任者から受け取った日誌を紐解いた。
何かヒントはないものか。
26番についてのページを開く。
その個性ともいうべき内容が、細かい字で隅々まで書き込まれている。
そんな中で。
『26番――タイキは末っ子気質でわがままである。
一度わがままを言い出すと、指示を聞かないこともある。
その際は型通りの指示は通るまい。優しく呼びかけるべし』
これは……。
あのとき26番は、私の制止を振り切ってターゲットを追った。
その結果、無惨にも死を遂げた。
予め老司令官の日誌に目を通しておけば、
あの悲劇を防げたというのか。
兵器として、兵士として一律に接するのではなく
個々の特性を理解し歩み寄れば、防げたというのか。
あれが、私のヒューマンエラーだとでもいうのか。
愕然と。私は崩れ落ちた。
床の冷たさと固さが、布越しに膝に伝わった。
「すまない……タイキ……すまない」
目頭が熱く、私は思わず目を閉じた。
プロジェクト・ハウンズの研究者は、
なぜ『子供たち』をタンパク質などで作ってしまったのだ。
歯車や半導体で構成すれば良かった。
重要なのが戦闘データなら、最初から情報の塊で良かった。
一体何の権限があって、命を産み出してしまったのだ。
死の恐怖に怯える彼らは、もはや私たちと何も変わらないではないか。
震える子供を兵器に乗せ、自らは絶対安全な位置から「さあ死にに行け」と命ずる。
そんな傲慢が、許されるものか。
だが、それが私の仕事だ。
今の私に一体、何ができる……。
しばらくの間を開けて、再び日誌に目線を落とした。
『26番はプリンを好む』
そのような記述を確認した。
カフェで見た26番の笑顔を思い出す。
矢も盾もたまらず私は食堂に走り、
冷蔵庫に保管されていたカップのプリンを1つ手に取った。
蓋のフィルムには26という手書きの数字が、マジックで書かれている。
* * *
ハンガーの裏手の岩場に、瓦礫を積み上げただけの簡単な墓標を作った。
同じような墓標がいくつか並んでいる。
私が作ったものではない。前任の司令が積んだものだ。
遺体はここにはない。
それでも構わない。
今作った墓標の前に、私はプリンのカップをそっと置いた。
「司令。何をしているのです」
いつの間にか11番が後ろに立っていた。
蒼白な顔に訝しむような表情を浮かべている。
「合理的ではない。エネルギーの無駄です」
「だろうな。私もそう思う」
それでも私たちには、こういう儀式が必要なのだ。
記憶に刻み、前に進むために。
無駄と言い切った11番はその場を離れることなく、私の様子を眺めていた。
色白の肌がさらに白くなるほど拳を硬く握り、
その腕を僅かに震わせているのを、横目に見た。




