2話 ハンガー
『子供たち』をハウンドに搭乗させ、マニュアルに従い訓練の指揮を執る。
「右翼、散開せよ」
指示の言葉と同時に各機が動く。
その様子は司令室のモニタから光点として見るに過ぎないが、
指示から動作までのラグがない。
反応速度、正確さに舌を巻く。
次に仮想ターゲットを複数設定し、そのターゲット群を追い込んでいく。
私からの指示を待つまでもなく、各光点が最適な位置へ回り込む。
16機のハウンドは、『子供たち』の脳を介してリンクしている。
言葉でのコミュニケーションよりも迅速に正確に、
意思疎通を可能とする。
もはやコミュニケーションというより、コンピュータの並列処理に近い。
どこか覇気のなかった整列時の様子と違って、
ハウンド搭乗時の『子供たち』は、まさに水を得た魚のような印象を受けた。
程なくして、複数の撃破判定が届いた。
同じ訓練を並のパイロットが行う場合、5倍の時間はかかると推定される。
「優秀な猟犬です」
傍らに立つオペレータが説明した。
一糸乱れぬ統率で敵を追い込む様子は、まさにハウンドの名に恥じないものだった。
『犬小屋』とは、よく言ったものだ。
* * *
訓練の後ハンガーに立ち寄り、居並ぶ16機のハウンドを見渡す。
全高4m。
細身のフレームに、内部のシリンダやケーブルが見え隠れしている。
装甲を極限まで削ぎ落とし、機動性を確保している。
逆関節の脚部は、獲物に襲いかからんとする猟犬のそれだ。
頭部はなく、代わりに胴体上部には複眼のカメラが取り付けられている。
胴体の前面には申し訳程度に、衝撃吸収用の装甲が備わっている。
そこはコンピュータの心臓部でもあり、コクピットにあたる箇所だ。
「旧式のようだが」
メンテナンス中の整備兵に呼びかけた。
「整備はバッチリです。それに、彼ら向けのカスタムです。
最も成果を上げられるよう最適化されています」
確かに先程の訓練を見る限り、運用に支障はないようだ。
続けて整備兵に頼み、コクピットの中を見せてもらった。
「狭いな」
その狭さに、驚愕を隠せない。
「子供たち用の機体ですからね」
狭いコクピットに伸びる無数のケーブルが『子供たち』の首筋の端末に接続されることで
パイロットという部品が組み込まれ、ハウンドが起動する。
だがこの狭さでは、大人の兵士は搭乗できない。
『子供たち』は『替えの利くパイロット』という設計思想だったはずだ。
「汎用性に欠けると申告したのですが」
整備兵が悔しそうに零した。
「これでは専用機だな。無駄なコストを……」
本来替えが利くはずだった『子供たち』を除いて、
これらの機体を動かせる者がいない。
プロジェクトのチグハグさが垣間見える。
……だからこそ凍結に至ったと考えるべきか。
そして、やけに空きの多いハンガーを見て、
確認せずにはいられないことがある。
「航空戦力は?」
「ないですね」
資料を見てにわかに信じられなかったが
立派な滑走路はあるのに、飛べるのは哨戒機だけだ。
「ない、とはどういうことだ」
つい、語気に力が籠もってしまう。
「その……」
それを受けての整備兵の歯切れが悪い。
何かを言い淀んでいるのか。
「どうした。言ってみろ」
「あなたの『適正配置アルゴリズム』の結果に従い、航空戦力は撤去されました。
ここには過ぎた戦力だと……」
それを聞き、目の前が暗闇で覆われたような錯覚があった。
* * *
私が中央にいたとき、
軍事費削減を受け軍備再編の話が挙がっていた。
私は再編の推進派だった。
重要な拠点に軍備を集中させ、
襲撃の可能性の低い拠点や、戦略上価値の低い箇所は軍備を減らすことを推し進めた。
戦略的価値を数値化し、基準値を下回る拠点は容赦なく削ぎ落とす。
そのためのアルゴリズムを作成したのは、他ならぬ私だ。
そしてこの島は、襲撃の心配も、戦略上の価値もない。
物資を本土からの輸送に頼っているとはいえ、島民が平和に暮らす分には支障はない。
だが軍隊という大喰らいが居座るには不向きだ。
輸送コストがかかりすぎる。
こんな基地は、維持するよりも制圧されてしまった方が、
相手の兵站に負担を強いることになり有益だ。
アルゴリズムが算出したこの島のスコアは、ゼロではない。
マイナスだ。
だから私は、ここを切り捨てた。
……当時の私は実に合理的だ。
「空からの攻撃には?」
「彼らが迎撃します」
「迎撃、だと?」
「ええ。ハウンドで狙撃します。イージスシステムのようなものです」
とても正気とは思えない。
マッハで飛ぶ航空機を狙撃?
その数倍から数十倍の速度で飛来するミサイルを迎撃?
確かに資料には、その成功事例や運用方法が書かれている。
基地に備え付けられた僅かな対空兵装は、それらの撃ち漏らしに備える、ただの保険に過ぎない。
めまいが強くなったようだ。
有事の際には、神にでも祈るとしよう。




