自傷
三題噺もどき―ななひゃくななじゅうきゅう。
太陽の昇る街は、こんなにも明るいのか。
窓越しに見える町は、白い光に包まれ、今か今かと始まりを待ちわびているようだった。
月はとうに沈み、時計の針は真上と真下をさしている。
「……」
真っ白な光がリビングに差し込み、思わず目眩を覚える。
小さく鳥の鳴く声が聞こえるだけで、いつものようなにぎやかな声は聞こえない。
遠くから、車の走る音や電車の走る音は聞こえるけれど……この辺りはまだ、静かな時間のようだ。
「……」
直接光の当たらない、リビングにできた狭い影の中に居る。
普段は食事を摂るために主に使っているテーブルに居る。
窓際に置かれているソファの上に座りたいところではあるが、そうするとさすがに私も焼けかねない。焼けたところで、何ともないのはそうだが。それでソファが焼けでもしたら大惨事だ。
「……」
そもそも、こんな時間に。
ここに居ること自体が、普段からしたらおかしなことなのだ。
いつもは眠っている時間。
深い眠りに落ち、時に夢を見る時間。
「……」
それなのに、どうして起きているのかと。
……まぁ、単に眠れなかっただけなのだが。
布団に入ろうにも、寝つきがよくなるようなモノを試しても、どうにも。
やけに頭が冴えているような、眠ると悪夢を見るような、そんな感じがしてしまって。
「……」
眼の奥がチリチリと焼けるような感覚がある。
直接ではなくとも、陽の光というのは確実に私を殺しにやってくる。
視界に収めているだけに留めているのに、網膜を焼かれるような感覚がする。
その都度すぐさま回復するから、多少の痛みがあるだけで支障はない。
「……、」
ほんの少し、指先を陽にさらしてみれば。
小さな煙を上げて、多少の痛みを伴いながら、焦げては元に戻るを繰り返す。
幼い頃は、これを全身に浴びていたのだから、恐ろしいものだ。その上、毒を盛られて万全な状態ではなかった時でさえ。体を焼かれながらも、その先から回復するこの体を呪いたくもなった。
それでも、親である二人は助けてはくれなかった。
母はあなたのためだと笑い、父は何もせず深く帽子をかぶるだけだった。
「……」
あぁ、また。
思いだしたくもないあの日々が顔を出す。
毎朝毎朝、毎時間毎時間、挨拶代わりのように顔を出しては、傷を抉っていく。
治せるような傷ならまだしも、どうしようもないこの傷は、どうしたらいいのだろう。
「……」
いっそのこと―そう思うことまではないけれど。
アレの放った言葉が、想像以上に、想像以上に、体を蝕んでいる。
どうにかしたいと思うのだが、どうしたらいいのか正直分かっていない。
いっそ、呪いをかけられていた方がましだった。そんなもの解呪すればいいだけだから。
不安と恐怖に似た何かに、手も出せずにただやり過ごすしかない日々が、いつまでも続くのかと思うと、辟易してしまう。
「……、」
そう、ぼんやりと思いながら。
じりじりと指先を陽にあてていると。
ふと、視界に影が映り込んだ。
「……、」
「……」
分かりやすく不機嫌な顔で、目の前に立ったのは、私の従者だった。
家での姿ではなく、外や他の誰かに見せるような、年相応の大人の姿で。
私の箪笥から引っ張り出してきたらしい、服を着ていた。
「……」
「……」
背中が焼けるぞと思ったが、自分はきっちりと影に入っているあたりコイツらしい。
それでも陽にあてていたはずの指先が痛くなくなったのは、袖ですっぽりと隠した腕で影を作っていたからだった。
「……」
「……」
それから、何かしらの術をもってカーテンを閉めた。
部屋には、柔らかな暗闇が広がる。
「……ねますよ」
「……あぁ」
焼けていたはずの指先は、綺麗さっぱり元通りになっていた。
それを、袖から顔を出した、冷たいコイツの手に捕まれ、そのまま引き上げられる。
コイツには、一生かなわない。
「……お前も寝たらどうだ」
「……ご主事が寝たら寝ます」
「……なら早く寝ないとな」
「そうしてください」
お題:目眩・挨拶・帽子




