第5話「夜に潜む策謀」
深夜の城。
ルナは石造りの階段を静かに上りながら、昨夜の庭園の出来事を思い返していた。影に潜んだ何者かの存在――あれは単なる偶然ではない。城の空気がそれを告げていた。
「……また、何か起こる」
直感に従い、ルナは廊下の暗がりに身を潜めた。
冷たい石の壁が、彼女の背中を押す。月光が長い影を落とすたび、ルナの心は高鳴った。
その時、廊下の向こうから低い声が聞こえた。
「……これで計画は完璧だ」
ルナは息を潜める。声の主は、昨夜の庭に現れた影たちのひとりだ。どうやら城内の使用人を装った何者かが、今夜も動いているらしい。
「……まずい……」
ルナは闇の力を手のひらに集め、目の前の影に向けて放つ。影は闇の渦に押し返され、廊下の角を曲がって逃げていった。
「……やはり、油断はできない」
その瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「……ルナ、ここにいるのか」
振り返ると、アシュレイ公爵が静かに立っていた。月光に照らされた銀髪と漆黒の瞳。彼は力を制御したルナを、初めて誇らしげに見つめているようにも見えた。
「公爵様……」
「無事だったな」
「はい……でも、まだ油断できません」
「その通りだ。君の力は頼もしいが、城にはまだ多くの秘密が潜んでいる」
公爵の言葉を胸に、ルナは深く息を吸った。だが、その時――廊下の奥から、かすかな笑い声が響いた。
「……ふふふ、騒がしいわね、新しい花嫁さん」
ルナの視線の先には、セレスティーナが現れた。今夜は庭ではなく、城内の廊下で直接対面だ。銀色の髪が闇に揺れ、瞳には妖しく光る決意が宿る。
「……あなた、城の陰謀に加担していたの?」
「加担? ふふ、違うわ。ただ、あなたに見せたくて……少しだけ」
セレスティーナは微笑む。その微笑みには、敵意だけでなく、どこか救われたい感情も混じっていた。ルナは理解した――彼女もまた、城に縛られた悲しい存在だと。
「……わかりました。私、負けません」
ルナは手に力を込め、闇の力を前に集める。
「よろしい。なら、試してみるがいい」
セレスティーナが一歩踏み出すと、廊下の空気が瞬間的に張りつめた。薔薇の香りと夜の冷気が混じり、二人を包む。
ルナは思い切って力を放つ。闇の渦がセレスティーナの前に立ちはだかる。だが、セレスティーナは軽やかに跳び退き、鋭い瞳でルナを見つめた。
「……ふふ、悪くないわ、新しい花嫁」
「……ありがとうございます。でも、負けません!」
二人の間で緊迫した間合いが続く中、廊下の奥で小さな物音がした。誰かが城内で静かに動いている。
ルナは公爵の声を思い出す――「城にはまだ多くの秘密が潜んでいる」。今夜の事件は序章に過ぎない。
――血の契約による力、冷徹公爵との絆、悪役令嬢の影。
ルナの戦いは、城の深淵でさらに激しさを増していく。