第3話「冷徹公爵と契約の夜」
深い夜の帳が城を包む中、ルナはひとり石造りの廊下を歩いていた。
さっき目覚めたばかりの力が、まだ身体の中でうずいている。手のひらを見つめると、血の契約によって宿った熱が冷たくもあり、暖かくもある異質な感覚を残していた。
「……どうすれば、うまく使えるのだろう」
不安を抱えながら歩き続けると、奥の扉がゆっくりと開き、影が現れた。銀の髪に漆黒のマント――あの冷徹な瞳を持つ男、アシュレイ公爵だ。
「……ルナか。来たか」
声は低く、けれども命令のような響きを帯びている。ルナは一歩後ずさった。恐怖と緊張の入り混じった胸の奥で、何かが熱くなる。
「公爵様……」
アシュレイは無言でルナをじっと見つめ、やがてゆっくりと歩み寄った。その歩幅は大きく、重く、石の床に冷たい響きを落とす。
「契約花嫁としての役目は理解しているな?」
「はい……」
「だが、契約の力を制御できなければ、ここで生き延びることはできない」
ルナは小さくうなずいた。さっき力を感じた時、驚きと恐怖で混乱した自分を思い出す。
「わかりました……でも、どうやって制御すれば……?」
アシュレイは視線を鋭くし、短く吐息を漏らす。すると、ルナの身体がひとりでに反応した。闇の影が指先に集まり、床に長く伸びる影となって揺れる。
「……悪くない。感覚を恐れるな。力を敵と思うな。血の契約は、使う者を選ばない。覚悟を決めろ」
ルナは深呼吸をし、身体の力を意識した。怖い。けれど、これが自分の役目なら、立ち向かわなければならない。
そしてゆっくりと手を前に差し出すと、闇の影が指先からゆらりと浮かび、宙にひらりと舞った。
「……できた……?」
アシュレイは少しだけ微笑んだ。
その微笑みは冷たくもあり、どこか孤独を帯びていた。
「まだ始まりだ。だが、その調子なら、城の中で生き残れる」
ルナは安堵の息をついた。まだ力の制御は未熟だが、光明が見えた瞬間だった。
その夜、廊下の影から、セレスティーナが薄く微笑んでいた。
「……やるじゃない、新しい花嫁。けれど、ここは私の舞台。あなたが光を浴びる場所じゃない」
ルナはその視線を感じながらも、逃げなかった。
「私は、ここで生き抜く。公爵様の秘密も、あなたの真意も、全部暴いてみせます」
月光が古城の壁に落ち、二人の少女と一人の公爵を銀色に浮かび上がらせた。血と薔薇に染まる夜――契約花嫁としての試練は、まだ始まったばかりだった。
そして城の奥深くで、冷たい空気の中、何かが静かに動き出す。
古の呪いか、血の秘密か、あるいはセレスティーナの哀しみか――まだ誰も知らない真実が、夜を裂こうとしていた。