第1話「血薔薇の契約」
村の朝は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
ルナは、木漏れ日の中で小さな畑の雑草を抜きながら、今日も貧しい生活の始まりを思った。村の人々は優しいが、日々の糧はわずかしかない。それでも、ルナは笑顔を絶やさず、母の作る粗末な朝食を頬張った。
だが、その日、世界はルナの目の前で音もなく裂けた。
「……ここは……?」
気がつくと、ルナは深い森の中に立っていた。木々は黒々と茂り、空は永遠の夜に覆われている。風に乗って、不気味な香りが鼻を刺した――鉄と血の匂いだ。
「……助けて……」
叫ぶ前に、森の奥から長身の人物が現れた。漆黒のマント、銀の髪、冷たい瞳――まるで夜そのものを具現化したかのような男。彼の名はアシュレイ。城の主であり、吸血鬼の血の公爵だ。
「契約の花嫁……貴女が村の娘か」
ルナは理解した。村の人々が恐れる存在――それが目の前の公爵だった。そして、彼女が運命として課せられた役目――契約花嫁として捧げられることも。
古城に到着したルナを待っていたのは、豪華さの陰に潜む冷たい視線と、過去の悲劇に囚われた悪役令嬢の影だった。
「……新しい花嫁ね。ふふ、どうせ私の代わりでしょう?」
セレスティーナ。かつてこの城で権勢を誇った彼女は、今やルナを敵視し、陰湿な笑みを浮かべる。しかし、ルナの心は折れなかった。村を救うため、そして自らの運命を切り拓くため、彼女は拳を握った。
夜が深まるたびに、ルナの身体に力が宿り始める。鋭い感覚、夜の闇を味方にする力――契約花嫁としての代償であり、贈り物だった。
「……公爵様、私、頑張ります」
ルナの瞳は光を帯び、闇を恐れず前を見据えた。その時、城の奥深くで、誰も知らない秘密が静かに蠢き始めていた――。
こうして、血と薔薇に彩られた物語は幕を開ける。