3 社会の静寂
聞いていた話と違う。なんだあの監視カメラの配置は、出入り口の位置まで違っている、あの警備はこのルートを通らないだろうに、なぜ誤った情報を流してきた?一つや二つ、情報がその通りになることはないのは確かだ。状況は常に変わり続ける、だがここまでとは驚いた。
うちの情報部も鈍ったものだ、どうした、大型新人がミスでもしたか?めっちゃ面白いじゃねぇか。やめてしまえそんなやつ。
あぁ、だめだ、つい感情的になってしまった。
まぁいい、情報の再収集を今ここですればいいだけだ。
いや、
――めんどくさ、もうやめようかな。
もう散々だ、情報は間違えるし、報酬もあんまねぇし。
このまま終わるのも嫌だな。最後に、この組織の裏でも調べて辞めるとするか。
一度組織の支部まで戻るか。ずっとここにいたってなにかできることなんて一つもない。
薄暗いバックヤードに入った瞬間、違和感が背筋を刺した。いつもなら聞こえるはずのサーバーの低い唸りも、人の気配も、紙をめくるような些細な物音すらない。
静かすぎる。
静かすぎないか?耳が痛くなる。まるで、誰かが意図的に音という音を消し去ったみたいに。棚に積まれた書類ボックスは妙に整いすぎていて、埃一つ付いていない。最近触られた形跡もない。いや、それどころか――ここ、本当に人が使ってるのか? と疑うほどの空虚さが漂っている。
ドアを閉めようとした瞬間、背後の蛍光灯がジッと一度だけ鳴った。
ただの経年劣化?人もいないのに?
組織の裏と言えば、もっとこう、隠蔽書類やら内部告発の痕跡やら、陰謀のにおいやら。そういうドロドロしたものを想像していた。
「はは。余計に辞めたくなってきたわ。」
ため息をつきながら振り返ると、足元あたりで小さな気配が動いた。視線を落とすと、段ボールの陰から小柄な猫がこちらをじっと見ていた。グレーと白のまだら模様で、首輪はしていない。
なんでこんなところに猫がいるんだ。うちの支部、動物どころか外部の私物すら禁止だったはずだが。
そっと近づくと、逃げるかと思いきや逆に一歩近づいてきた。人懐っこい。警戒心が薄いのか、それとも単に空腹なのか。
「…お前、こんなところで何やってんだよ」
猫は返事もしないが、尻尾を小さく揺らしてこちらを見上げる。脇の段ボールには僅かに爪痕のようなものがある。どうやらここを寝床にしていたらしい。
静まり返った支部の中で、唯一生きてる気配だ。
「ああもう、家に帰りたい。…って、お前かわいいな。連れて帰ったら怒られるか?」
猫は小さく鳴いた。まるで返事のつもりかのように。
俺は思わず苦笑した。仕事で散々振り回されて、組織の裏を暴いてやると意気込んで戻ってきたらこの有様だ。どこもかしこも妙に静かで、整いすぎていて、人がいる痕跡が薄すぎる。そのうえ突然出てきたのが猫。拍子抜けもいいところだ。
「……まあいいや。どうせ辞めるんだし、誰も文句言わねぇだろ」
猫はまた鳴いた。まるで「早くしろ」とでも言いたげに。
ひとまず抱き上げようと手を伸ばした――その瞬間、奥の方で微かに何かが動いたような気がした。
機械の起動音でも、人の足音でもない。
何かが、ゆっくりと空気の中をずらしたような……そんな“変な音”。
俺は猫を抱くのをやめ、静かに顔を上げた。




