２ モンブラン
秋の午後、東京の街は穏やかに晴れていた。私は人混みの中を歩き、白いパーカーと灰色のだぼだぼなジーパンで周囲に溶け込む。特別に目立つ服装ではなく、目立たないことだけを意識した。通勤客や買い物客の中に自然に混ざり、誰の注意も引かないようにする。
渡辺景池の死から数日が経ち、街は依然としてざわついていた。報道では事件の経緯と過去の不正が連日取り上げられ、SNSではさまざまな意見や噂が飛び交っている。通行人がスマートフォンを手にし、画面を眺めながら小声で話す声があちこちから聞こえる。その様子を遠くから観察し、感情はなるべく交えない。必要なのは情報の確認であり、判断の材料を集めることだ。
駅前のカフェに入り、窓際の席に座る。人々の動きが視界に入る位置で、ノートPCを開き、資料を整理する。関係者の行動パターン、警備の配置、監視カメラの位置、ビルの構造図など、手元の情報を一つずつ確認する。ここでの作業は地味だが、後の行動に直結する重要な部分だ。カフェの静かな空気の中で、ペンを持ち替えながらメモを取り、頭の中でシナリオを組み立てる。
目の前にモンブランとカプチーノが運ばれてきたが、手をつける時間はない。甘味に意味はないが、視界に入れることで、体や頭を少しだけ落ち着かせる。無駄に見える行動も、実際には集中力を保つための小さな儀式だ。
カフェの外を見ると、警備会社の制服を着た人物が建物の前を行き来している。偶然の作業か、それとも監視か。動きや歩幅、視線の方向を確認し、すべて記録する。こうした小さな情報の積み重ねが、次の判断を正確にする。情報は細部に宿ると知っている。
午後3時、通信機が振動した。組織からの指示だ。「次の段階に進め」──短く、明確な指示。余計な感情は不要。計画に沿って行動するだけだ。
カフェを出るとフードを軽く被り、人々の流れに合わせて歩く。足取り、速度、視線を周囲に合わせ、目立たずに目的地へ進む。建物や路地を利用しながら、通行人と同じ動きを繰り返す。こうした日常的な行動の中に、情報収集や位置取りを自然に組み込む。無理に目立とうとすれば、余計な注意を引く。自然であること、それが最も効果的な方法だ。
狭い路地に入ると、再び情報を整理する。関係者の動き、警備の状況、可能性のある変化を確認する。手元の資料や観察内容を照らし合わせ、次に取るべき行動を決める。感情や演出は排除する。必要なのは正確さと効率だけだ。
街に正義やドラマはない。あるのは事実と行動だけだ。過去の成功や失敗も結果として記録されるが、感情の起伏に左右されることはない。私は白いパーカーと灰色のだぼだぼジーンズに身を包み、通行人と同じように歩きながら、次の段階の準備を進める。
夜が近づくと街灯が路地を照らし始める。視界が暗くなる中で、位置を確保しつつ周囲の状況を確認し続ける。暗闇や予期せぬ変化を恐れる必要はない。確実に情報を収集し、必要な判断を下す──それだけが、この環境で生き残る方法だ。
通りのざわめきや車の走る音、歩行者の足音を意識しながら、私は一歩ずつ前に進む。無駄のない行動、確実な観察、次の一手の計算。現実の中での判断は、それだけで結果を左右する。夜の街に溶け込みながら、白いパーカーと灰色のジーンズは、ただの目立たない服であり、私の行動の一部として自然に存在するだけだった。
夜の街に入ると、人通りは昼よりも少なくなり、街灯の光が歩道や路地を淡く照らしていた。白いパーカーと灰色のだぼだぼジーンズは地味で、周囲に溶け込みやすい。派手さはないが、それが目的にかなっている。特別なカッコよさやドラマチックな動きは現実には不要だ。
カフェで見たモンブランの甘さを思い出す。頭を整理するために少しだけ口にしたい気もあったが、今はそれよりも観察が優先だ。通行人や警備の動き、建物の出入り口、監視カメラの位置を頭に入れ、資料と照らし合わせながら次の行動を考える。
路地に入ると人影はさらに減る。大型施設の閉店作業のスタッフや清掃員が静かに行き来しているだけだ。映画的な効果音や急な事件はない。ただ、現実のリズムに合わせて観察し、位置を確認する。ここでの地味な作業が、後に結果を左右する。
通信機が短く震え、次の指示が届いた。行動は明確で淡々としている。「次の地点で確認を行え」。余計な演出や感情は必要ない。ただ、計画に沿って確実に行動するだけだ。
歩きながら、ふと心の中で小さな声が出る。「小説だったらここで派手なアクションが入るんだろうな」と。けれど現実には、地味な移動と観察がすべてだ。それでも、こうしてメタ的に自分で思う余裕があるのは、情報に余裕がある証拠だろう。
夜の深まりとともに街灯が路地を照らす。立ち止まって情報を整理する時間は最小限にし、歩きながら観察を続ける。通りのざわめきや車の音、遠くの足音。すべてが次の行動に必要なデータだ。派手さはないが、正確で効率的な動きこそ現実の中では価値がある。
白いパーカーと灰色のジーンズに身を包み、人混みに溶け込む。特別な演出や感情の起伏はなく、必要なのは事実の確認と行動だけだ。夜の街を進みながら、私は次の地点に向かう。地味だが確実な行動、それが現実での生き残り方であり、必要な結果を得るための方法だった。
そして少しだけ、自分に向かってつぶやく。「もしこれを小説として読んでいる人がいたら、退屈に感じるかもしれない。でも、これが現実の動きの本質だ。」
派手さのない現実の中で、情報の精査と行動の積み重ねが次の段階を作り出す。夜の街に溶け込みながら、私は白いパーカーと灰色のジーンズを自然に纏い、淡々と次の行動に備えた。
──深呼吸をして、次の目的地を目指す。周囲の影や街灯の光、遠くで響く足音に耳を澄ませながら、一歩ずつ確実に前へ進む。夜の街は静かだが、情報は生き物のように動いている。見落とすことなく、正確に把握する。それだけが、次の段階での安全と成果を保証する。
