第七章:埋葬と北への道
朝焼けが川面に映るころ、裕也は冷えた空気の中で目を覚ました。鳥のさえずりと虫の音が織りなす、静かな朝。辺りには濃い緑の香りが漂い、木々は朝露に濡れて光っていた。カヤはすでに起きていて、川辺で水を飲んでいた。その細い肩に、失われた母の面影が微かに宿っていた。
イサリは火の残りを見つめながら、背を伸ばしていた。その姿はまるでこの自然と一体化しているかのようで、縄文の民のたくましさと静けさを体現していた。裕也はふと、昨夜の会話を思い返す。自分がこの世界に来た経緯を話そうとしたが、どう言っても信じてもらえそうになく、「記憶が曖昧で……目覚めたらここにいた」とだけ語ることにした。
「覚えていないのか……なら、無理に思い出すな」とイサリは静かに言った。
カヤの母の亡骸は、近くの大きな木のそばに安置されていた。その木は周囲を見守るように佇み、まるで眠る者に語りかけているようだった。イサリは「縄文の流儀に従おう」と提案し、三人で墓を掘ることになった。
土は思ったより柔らかく、木の根の間に空洞のような空間があった。イサリはそこを利用して、遺体を安らかに眠らせるよう工夫した。木の枝を束ねて印とし、カヤは黙って手を合わせた。裕也もその隣で静かに目を閉じる。言葉では足りぬ祈りが、風に乗って木の葉を揺らした。
埋葬を終えた三人は、川沿いを北へと歩き出した。道なき道を行く旅。だが、イサリはためらいなく進んだ。地形の変化、動物の足跡、風の向き、すべてを読み取る彼の姿はまさにサバイバルの達人だった。
「このあたりは熊も出るが、今の季節なら東へ流れてる」と呟きながら、果実の実る木を見つけては立ち止まり、簡素な罠を木の根元に仕掛けた。
その時、草むらが揺れた。次の瞬間、黒くぬめった小さな魔物――コボルトが姿を現した。唸り声を上げて襲いかかるも、イサリは一瞬で飛び退き、腰の黒曜石の短刀を構えた。獣のような動きで接近し、コボルトの喉元を突いた。鮮やかに決まり、コボルトは短い悲鳴を上げて倒れた。
「すごい……」裕也は思わず声を漏らす。その身のこなし、無駄のない動き。それは動物的な勘と、長年の経験に裏打ちされた技だった。
「油断すれば、すぐに命を落とす。それが、この世界だ」とイサリは冷静に言った。
その後、焚き火を囲みながら、魔物の話題になった。
「おぬしら、ダンジョンの話は知っているか?」イサリが口を開いた。
「ダンジョン?」裕也が首を傾げる。
「負の魔力が満ちた洞窟じゃ。そこから魔物が湧き出る。ゴブリン、コボルト、時にはドラゴンに近い存在もな……」
イサリは語った。ダンジョンには魔王が棲むこともあり、人間の命を喰らい、血肉と魔力を糧にしているという。
「この辺りには“黒岩の谷”というダンジョンがある。そこにはオークの魔王が巣食っておる。めったに姿は見せんが、一体でも村が全滅することもある。完全武装した男が五人がかりでようやく互角。ゴブリンでさえ、二人は必要じゃ」
裕也はその話に、現実離れした恐ろしさを感じた。だが、自分が見たあのドラゴン。そして自分に宿る雷の力。それらが、何か大きな運命を引き寄せているように思えた。
「行こう。村までは、まだ数日ある。気を緩めるな」とイサリ。
三人は歩き出した。雲の向こうには、次なる試練が静かに待っていた。