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第五章:暁の兆し

朝焼けが森の木々の隙間から差し込み、大地を柔らかな金色で包んでいた。草葉には夜露がきらめき、川辺を薄靄が静かに漂っている。遠くでは鳥のさえずりが聞こえ、まるで世界そのものが目覚めの瞬間を迎えているかのようだった。

悠也は、冷たい土の感触を背中に感じながらゆっくりと目を開けた。彼の膝の上で眠っているカヤは、小さな体を丸めており、その顔にはわずかに安堵の色が浮かんでいた。まだ夜明けの余韻が漂う中、二人は寄り添い、静かに夜を越えていた。

(……ようやく、少し落ち着いたか)

昨夜の出来事が、頭の奥でまだぐるぐると渦巻いていた。魚を捕ろうとしたとき、悠也は怒りの感情に身を任せた。その瞬間、体内に滾るような熱が走り、手から電光が放たれた。

バチッという轟音とともに雷が川へと放たれ、水面が一瞬白く光った。魚たちは驚き、水面近くで数匹が痙攣しながら浮かび上がった。初めての使用にしては成功だったが、その代償として体中の筋肉がひりつき、まだ痺れが残っている。

(怒りが……引き金だった。あの時、カヤが泣いていた……だから)

雷の魔力。それは悠也に宿った“赤鬼”の力だった。けれども、彼にはまだそれを完全に制御する術がなかった。

火起こしにも苦戦していた。乾いた小枝を集め、石で火花を起こそうとしたが、なかなか火がつかない。焦燥と疲労が混じる中、再び怒りに似た感情が胸に灯った。

「こんな時に……」

その瞬間、指先から小さな閃光が走り、集めた枯れ枝がパチパチと火を灯した。まるで雷が命を吹き込んだかのようだった。

「……やれやれ、便利っちゃ便利だな」

悠也が空を見上げたときだった。

「……あれは……!」

雲の向こう、高く澄んだ空に、巨大な影がゆったりと舞っていた。二枚の翼を大きく広げ、まるで風そのものを支配しているかのように悠然と飛んでいる。

その姿は明らかにドラゴンだった。

悠也の背筋が凍る。

「カヤ!……」

慌てて声をかけようとしたその時、川で水をすくっていたカヤが、ちらりと彼を見て言った。

「大丈夫。今は何もしない」

「……どういうことだ?」

「各村から生贄が捧げられているの。半年に一度。それまでは、空を見回るだけ。私の村も……そうだった」

カヤの瞳は悲しみに濡れていたが、その奥には怒りの火が灯っていた。村長だった父が、それを止めようと戦っていた。

悠也は言葉を失い、拳を握った。

(……そんな世界なのか)

その時、カサリと草を踏む音が背後から聞こえた。悠也は反射的に振り向き、構えを取る。

そこに現れたのは、一人の男だった。

肩には熊の毛皮、胸には動物の骨と牙で作られた護符、腰に黒曜石で削られた短剣と短弓。褐色の肌に深いしわと傷跡を刻んだ壮年の戦士。顔には警戒と畏怖が混じる表情が浮かんでいた。

「カヤ……無事だったのか」

男の声は掠れていたが、そこには確かな安堵があった。

「イサリ!」

カヤが駆け寄り、彼の胸に飛び込む。

「よかった……本当に、会えると思ってなかった」

イサリと呼ばれた男は、しっかりとカヤを抱きしめながらも、悠也をじっと見ていた。その目には、明らかな畏怖と戸惑いがあった。

「……噂に聞く、赤鬼……」

その声は、まるで神に祈るようだった。

「……我らの神々よ、この者は、災いか、救いか……」

悠也がゆっくりと手を下げると、イサリもようやく弓にかけていた手を下ろした。しかし、瞳には未だに強い恐れが残っていた。

「俺は悠也。カヤの母を……守れなかったが、娘だけは……」

「見ていた……」

イサリがぽつりと言った。

「昨夜からずっと、遠くから見ていた。雷を操る姿、火を起こす様、まるで神話に出てくる古の魔獣のようだった……だが、カヤに手を出すこともなく、共に眠っていた」

彼は一歩、慎重に近づき、膝を折った。そして土に額を擦りつけるようにして祈りを捧げた。

「神よ……もしこの者が、我らの業の果てに遣わされた試練ならば、どうか導きを……」

やがて顔を上げると、その表情には葛藤の影が残っていたが、誠実な光もあった。

「私はイサリ。カヤの父、ハルキの兄が収めるイサ村の狩り頭を務めている。あなたが敵でないなら……この子を連れて、村まで来てほしい」

その声音には、恐れと敬意、そして人としての誠実さがこもっていた。

悠也はわずかに頷き、カヤを見た。

「行こう。まだ先は長いが……お前を守る」

カヤは嬉しそうに頷き、イサリは険しい表情を崩さぬままも、二人の前を歩き出した。

空では、遥か彼方をドラゴンが旋回しながら、静かに見下ろしていた。


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