表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

山の中でメイドに会う

 俺は真夜中に山を登りながら、死への恐怖を確かに感じていた。明かりは料金を滞納し、ただのライトと化したスマホだ。俺は首を吊るために、ロープを掛けるのに都合がよさそうな木を探す。道を外れ森の中へどんどん入って行く。


 一度失敗してレールを外れたら、二度と這い上がれない。それが今の社会だ。俺はどうしてここまで追い込まれてしまったのか。


 両親の反対を押し切り上京し、およそ五年。不景気の波が押し寄せ、最初に就いた会社を首になった。それなりにまじめに働いていたが、上司に手柄を横取りされ、さらにミスを押し付けられて無能であると判断されてしまった。そして優先的に首を切られてしまったのだ。


 しばらく精神を病んで働けなくなっていたら家賃が払えなくなり、家から追い出されてしまった。新たに働こうにも、不景気で今はどこも雇ってはくれない。バイトだって住所がなきゃ難しい。両親とは何年も連絡をとっていない。いまさら親に頼る事も出来なかった。


 漫画喫茶でしばらく生活したが、それも金が尽きて出来なくなってしまった。だからもう、俺は死ぬしかないと思った。そりゃホームレスみたいな生活をすればまだ生きられるが、そこまでして生きていたいとは思えなかった。どうせ生きていたって生活が良くなることなんてないし、人はいつか死ぬ。今死んだってそう変わりはしない。そう思った。


 余計な事を考えると気が滅入ってしまう。なので俺はもう、道なき山道を無心で歩く。すると、なにやら白い影が目に入った。あれはなんだろう? なんとなく気になり俺は近づいた。近づいたらそれが何かすぐに分かった。


 人だ! 人が倒れている! 俺は慌てて駆け寄る。


 倒れていたのは高校生くらいの、とても綺麗な女だ。暗がりにもかかわらず黄金に輝く金髪で、日本人離れしたモデルのような体形をしている。海外の方だろうか?


 そして、なぜかメイド服を着ている。コスプレ? バイトの制服か? とにかく肩をゆすり、声をかける。


「おい、大丈夫か!?」


 呼びかけると、彼女はゆっくりと目を見開いた。どうやら俺の先輩(死体)ではないらしい。まずは一安心だ。


「あの、ここは?」

「ここは山の中だ。どうしてここで倒れていたのか、覚えてるか?」

「……いえ、何も覚えていません」


 彼女は少し考えるそぶりをした後、ゆっくりと首を横に振った。なにも覚えていない、か。とりあえずケガもなさそうだし、無事でよかった。


 しかしこれからどうしようか。こんな状況では首吊りなど考えている場合ではない。俺自身はどうなっても構わないが、未来ある少女は無事に家に帰した方がいいだろう。


「きみ、名前は?」

「……メイです」

「メイ、とりあえず迎えを呼んだ方がいい。誰か呼べるか?」

「あの……電話は持っていません」


 そうか、それは困ったな。となると俺のスマホはただのライトだし、自力で下山するしかなさそうだ。


「歩けるか?」

「はい」

「よし、ならとりあえず山を下りよう」

「今からですか? 私なら大丈夫ですが、普通の人には暗くて危険だと思いますが」


 そう言われて俺はあたりを見回した。確かに周囲は暗くて良く見えない。道も見えないし、この状態で歩き回るのは危険か。歩きまわればすぐに遭難してしまいそうだ。俺たちの明かりはスマホのライトだけだ。あまり明るくはない。


 帰りの事など考えてなかった。帰るつもりもなかったから当然だが。


「一旦ここで野宿をしましょう。今歩き回るのは危険です。山を下りるのは朝になってからが良いかと」


 彼女はそういうと、いきなり地面に横になった。


「さあ、私の上に横になってください」

「うん?」

「朝までは時間があります。一度横になり休んだ方が良いかと。地面に直接横になると、硬くて眠れないと思います。それに服も汚れてしまいます。なので、私の上にどうぞ」


 そういうと彼女は両手を広げ、受け入れ態勢になる。


「ええっと、冗談?」

「本気です。遠慮せずどうぞ。しっかり支えますので。さあ」


 さあといわれても困る。いきなり見知らぬ女性の上になど、寝れるわけがない。というか、硬い地面に寝ころび、自分の服は汚れまくっているがそれはいいのか?


「……いや、それはちょっと」

「それなら代わりに、キスしてくれませんか?」

「いやしないが?」


 ……本気か? 今度はさすがに冗談だよな? 大体、代わりってなんの代わりだ?


「そう……ですか」


 彼女は自らの唇を人差し指で撫でた後、少しがっかりした様子で立ち上がる。


「では仕方ありませんね、ちゃんと寝床を作りましょうか。そのロープを貸していただけますか?」


 彼女は服の汚れを軽く払った後、目ざとく俺の持っているロープに目をつけたようだった。少しためらったが俺がロープを渡すと、彼女はそれを二本の木に結び輪を作る。その後、あたりに生えていた蔦を集め、ロープでできた輪に素早く巻き付け始める。これってもしかして……。


「できました。即席のハンモックです。地面に寝るよりはましだと思います。どうぞ」


 俺は彼女に促され、即席のハンモックを上から手で押してみる。意外と頑丈そうだ。慎重にハンモックに乗る。おお! 全然平気だ。これ結構快適だぞ。これなら寝れるかも。


「とても快適だ。でも、これで寝れるのは一人だけだよな? どうする? ロープはもうないけど、もう一つ作れる?」

「私の事はお気になさらず。地面で寝ますので」

「いや気になるわ!」

「そうですか? となると、一緒に寝るしかありませんね。では私が下になりますので、どうぞ上に乗ってください」

「いやいやいや、なんで君が下なの? 俺の方が重いだろうし、俺が下になるよ」

「そんな!? ご主人様を下にだなんて」

「……ご主人様?」

「あ、いえ、なんでもありません。……では私が上になりますね」


 そういうと、彼女は服を脱ぎ始める。みずみずしい白い肌があらわになっていく。


「ちょ、なんで服脱いでんの!?」

「先ほど地面に寝てしまいましたので、服を着たままだと貴方様に土がついてしまうかと」

「いい、いい。土なんて気にしないから服着てて」


 いきなり初対面の男の前で服を脱ぎはじめるなんて、いったいこの子は今までどんな生活してたんだ?


「そうですか?」


 彼女は首を傾げた後服を着なおし、俺の上に慎重に仰向けに乗る。小柄な彼女の頭が俺の胸に重なる。簡易ハンモックは少し沈むが、二人分の体重にも耐えている。年頃の少女と一緒に寝るのはどうなんだと思わなくもないが、今は緊急時なので仕方がない。


 ちょっと重いが、寝れなくはない。それに夜の山は冷える。人肌が暖かい。一緒に寝るのも悪くはないかもしれない。


 それにしても妙な事になった。死のうと思って登った山の中で、女の子を抱えて眠ることになるとは。目の前には満点の星が煌めき、胸にはメイのぬくもりを感じる。なんだか、死ぬのは少しもったいないなと思ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
既視感を覚え感想を見て見たらビンゴ。ノクターン版自分もブクマしてました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ