ノーベル平和賞受賞?
「所長!緊急事態です!」
ガイア地球研究所のメインコンピュータが起動した瞬間、ホログラムのミエナが急に現れた。
普段は柔らかな微笑みを浮かべて「おはようございます、所長」と挨拶する彼女だが、今日の様子は違った。
鮮やかな青い瞳はいつもの落ち着きとは裏腹に緊迫感を漂わせていた。
「ミエナ、何があったんだい?」
マコテス所長は椅子に座り、慎重に問いかけた。70代の穏やかな所長は、長年の経験から焦らず冷静に状況を把握する術を心得ている。
「2030年が、温暖化危機の重大な分岐点になることが明らかになりました。」
『2030年 温暖化危機の分かれ道』 2024年12月1日 イケザワミマリス作
(『おやすみ、エイレネ! 神々と温暖化阻止と地球政府樹立に挑む』の番外編)
「所長!緊急事態です!」
ガイア地球研究所のメインコンピュータが起動した瞬間、ホログラムのミエナが急に現れた。
普段は柔らかな微笑みを浮かべて「おはようございます、所長」と挨拶する彼女だが、今日の様子は違った。
鮮やかな青い瞳はいつもの落ち着きとは裏腹に緊迫感を漂わせていた。
「ミエナ、何があったんだい?」
マコテス所長は椅子に座り、慎重に問いかけた。70代の穏やかな所長は、長年の経験から焦らず冷静に状況を把握する術を心得ている。
「2030年が、温暖化危機の重大な分岐点になることが明らかになりました。」
ミエナの声にはいつもの計算された抑揚ではなく、人間のような感情の揺れが感じられた。
「2030年…確か、IPCCの現状維持シナリオでは+1.6℃の上昇と予測されていたね。それが何か変わったのか?」
ミエナは一瞬間を置き、ホログラムの空間に3Dグラフやデータを映し出した。地球儀の表面が真っ赤に染まるその映像に、所長の表情もわずかに緊張を帯びる。
「最新のデータ分析で、現状維持どころか、最悪シナリオへの突入が確実視されています。このままでは2030年には+2.0℃のラインを超える可能性があります。」
ミエナの声は固く、ホログラムの指先がスライドを切り替えるたびに、その根拠が次々と示された。
「先日のアメラシアの大統領選挙で、気候変動対策を軽視する人物が当選しました。新政権の政策により、+0.1〜0.2℃の追加上昇が見込まれます。」
ホログラムが映し出したニュース映像には、投票所の熱気や新大統領の演説が映っていた。ミエナは続ける。
「この影響で、世界的な協力体制が崩壊しつつあります。」
「確かに痛いニュースだね。しかし、それだけで最悪シナリオになるわけではないだろう?」
所長は静かに異論を挟んだ。
「その通りです、所長。しかし、2024年の観測では現状維持シナリオの+1.3℃をはるかに超え、+1.5℃に到達しているとの報告がありました。この勢いで進めば、2030年には+1.9〜2.0℃に達する計算です。」
ホログラムの地球儀は炎を上げるように赤く染まり、各地での異常気象の事例が投影された。洪水、干ばつ、壊滅的な熱波。
所長は額に手をやり、深く息をついた。
「そして第三の問題。それは…」
ミエナが少し間を置いた。「AIによるシミュレーションでも、2030年以降の状況が予測不能なほど複雑化しています。気候システムの臨界点が予想より早く訪れつつあります。」
「予測不能…それはつまり、どんな事態が待ち受けているのかわからないということか?」
所長の声がわずかに低くなった。
「その通りです。温暖化がもたらす社会的混乱や自然災害が予測を超える可能性があるのです。」
危機の前にできること
「つまり、2030年は地球の運命を左右する最後のタイミングになるというわけだ。」
所長は立ち上がり、ホログラムに映るデータをじっと見つめた。
ミエナがスクリーンに映し出した未来のシナリオは、所長の胸を重く締め付けた。
静まり返る室内に、彼女の冷静な声だけが響く。
2030年代:食糧危機の始まり
「この時点で、乾燥地域や熱帯地域の農業生産が急激に低下します。具体的には、小麦や米、トウモロコシなど主要穀物の収穫量が20~30%減少し、世界中の食糧価格が高騰。特に貧困層が最初に影響を受け、栄養不良が急増します。」
スクリーンには、枯れ果てた農地と行列を作る人々の映像が映し出された。
2040年代:農業崩壊と世界的な争奪戦
「そして、2040年代になると、状況はさらに悪化します。」
ミエナが映したグラフには、降水量の激減とそれに伴う収穫量の急降下が記録されている。
「極端な干ばつが、アフリカ、中東、南アジアといった脆弱な地域を直撃し、農業が壊滅状態に陥ります。同時に、水不足が深刻化し、複数の地域で水を巡る紛争が頻発するでしょう。」
次々とスクリーンに映し出されるシミュレーション映像には、干ばつでひび割れた大地、水を奪い合う人々、戦火に包まれる村々が広がっていた。
「飢餓人口の急増に伴い、感染症が蔓延します。そして、世界中で数千万人規模の気候移民が発生し、国境を越えた移動が混乱を引き起こすでしょう。食糧争奪戦が激化する中、輸出制限を導入する国々が増え、中所得国でも社会不安が拡大します。」
ミエナの冷静な説明が終わると、しばしの沈黙が室内を支配した。
マコテス所長は深いため息をつきながら、頭をかきむしる。
「食糧争奪戦が激化か!ここまで来ると、確かに“緊急事態”と言うほかないな。」
彼の穏やかな声はわずかに震えていた。
「所長、まだ間に合います。」
ミエナの声には決意が込められていた。
「これらの最悪のケースを回避するためには、2025年までに以下の取り組みを実行する必要があります。」
ミエナが指を動かし、新たな資料をスクリーンに投影した。
①全世界で炭素税を導入し、再生可能エネルギーへのシフトを加速させる。
②国際的な資金援助を通じて、途上国への再生可能エネルギー技術を展開し、温室効果ガス排出量を抑制する。
③世界全体の温室効果ガスGHGの排出を2030年までに、2010年比で50%削減する。
「待った、ミエナ!」
所長は椅子から立ち上がり、声を荒げることなく冷静に口を開いた。
「2025年までに全世界で炭素税を導入すると言うが、現実は先進国ですらまだ足並みが揃っていないんだ。それに、再生可能エネルギーの普及にしても途上国の技術基盤や資金不足が障害になっている。残り1年でこれをどうやって実現するというんだ?」
ミエナは穏やかな微笑みを浮かべた。
「その通りです、所長。このプランが実現不可能に思えるのは私も理解しています。しかし、それでも行動を起こさなければ、未来の私たちにはもっと過酷な現実が待っています。」
「国際的な資金援助への取り組みについても、先日のCOP29の結果を見れば完全に不可能なことは分かるだろう」
スクリーンにはCOP29の会場風景が映し出された。
「確かに、先進国は途上国への年間3000億ドル(45兆円:1ドル150円換算)の支援に合意しましたが、この額は途上国が求めた1兆3000億ドル(195兆円」には到底及びません。さらに、この資金には民間の資金も算入されていて、途上国からは少なすぎて手遅れになると指摘されています。」
所長は黙って映像を見つめた。会場での激論の様子、冷たい表情の各国首脳。ミエナが指摘する問題の深刻さを、彼も改めて実感していた。
所長は椅子に腰を下ろしたが、直ぐに立ち上がってミエナに言った。
「ちょっと待った。」
マコテス所長の声にはいつもの穏やかさはなく、眉をひそめた表情がその困惑を物語っていた。
「COP28では『2035年までにGHG排出量を2019年比で60%削減』が目標とされたはずだ。2019年比と2010年比では、削減量に大きな違いがあるんじゃないか?」
ミエナは小さくうなずき、スクリーンを切り替えた。そこには2010年と2019年のGHG排出量を比較するグラフが映し出された。
「ご指摘のとおりです。2010年のGHG排出量は490億トン、2019年のGHG排出量は約590トンです。つまり、2030年までに2010年比で50%削減という目標は250億トンに抑えることを意味します。」
所長が黙って先を促すように視線を向ける中、ミエナは説明を続けた。
「一方、COP28の目標を2030年に置き換えると排出量は360億トンになります。」
彼女の言葉が終わると、室内には一瞬の静寂が訪れた。
「つまり、このペースでは到底、温暖化を防ぐラインには到達できないということだな。」
所長は深いため息をつき、資料に目を落とした。
所長はふと顔を上げ、険しい表情で言葉を続けた。
「それに、森林保護や生態系回復というが、現実はそれを待ってくれない。既に世界各地で森林火災が頻発している一方で、アマゾン川さえも干上がっている。人間が自然を回復しようとする速度よりも、異常気象が自然を破壊することのほうが上回っているのではないか?」
所長の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「おっしゃる通りです、所長。」
ミエナは冷静に応じたが、言葉には重みがあった。
「本来、パリ協定の長期目標は、地球の平均気温上昇を産業革命前と比較して+1.5℃に抑えることでした。しかし、すでに+1.5℃に到達しつつあり、2030年には+2.0℃を超える可能性さえあります。」
所長は深刻な表情で黙り込んだが、ミエナは止まらなかった。優秀なアシスタントとして、この状況を正確に伝える責任があった。
「世界の平均気温が産業革命以前の水準から2℃を超えて上昇すると、次のような深刻な影響が予想されています」
①北極海の海氷消失:夏季の北極海で海氷が消失する頻度が高まり、海面上昇による移住など気候変動に関連する移民、いわゆる『気候移民』が急増する
②サンゴ礁の壊滅的被害:これによって海の生態系が深刻な打撃を受ける。
③水資源の逼迫:1億人以上が影響を受ける可能性がある。
④異常気象の増加:熱波、洪水、干ばつなどの異常気象が頻発し、各地で甚大な被害が出る。
⑤食糧生産への被害:特に乾燥地域や熱帯地域では、収穫量が大幅に減少し、食糧価格が急上昇し、特に貧困層の生活がさらに悪化する。
⑥生態系の変化:多くの昆虫種の生息環境が失われ、生物多様性が大きく損なわれる。
「これらの結果、2030年代は『異常気象の頻発と初期的な危機の始まり』と位置づけられるでしょう」
所長は腕を組み、深く息を吐いた。
「2030年代でこれほど大きな変化が起こるというのは…確かに最悪のケースだな。」
所長のつぶやきに、ミエナは静かに首を縦に振った。彼女の目には、躊躇するような微かな揺らぎが見えたが、それでも冷静な声で説明を再開した。
「さらに2040年代に入ると『農業生産の崩壊と社会不安の増加』が顕著になります。」
ミエナはグラフを指し示しながら続けた。
「熱帯地域では農業生産が大幅に減少し、世界の穀物供給に深刻な影響を与えます。特に極端な干ばつがアフリカ、中東、南アジアの農業を壊滅状態にすることが予測されています。」
スクリーンには干からびた大地と絶望的な農民たちの映像が映し出され、所長は深刻な表情で聞き入った。
「この影響で、飢餓人口が急増し、栄養不良が原因の疾病が蔓延します。さらに、水不足が深刻化し、多くの地域で水を巡る紛争が発生するでしょう。」
ミエナの言葉は静かだったが、その内容はどれも厳しい現実を突きつけていた。
「食糧価格のさらなる上昇は、中所得国にも波及し、大規模な社会不安を引き起こす可能性が高まります。一部の国が食糧輸出を制限し、世界的な食糧争奪戦が始まることも予測されます。そして、気候移民の急増によって数千万人規模が国境を越える移動を試みる事態となるでしょう。」
「最悪のケースが、これほど過酷なものだったとは…」
所長は声を震わせながらつぶやいた。
「さらに、2050年代になると、食糧貿易の崩壊と水不足により、地域紛争が激化することが予想されます。最悪の事態として、軍事力を背景にした食糧囲い込みや略奪が広がるのが2050年代です。」
所長は頭を抱え、深くため息をついた。
「地域紛争、軍事的な食糧略奪…これは『全地球的な危機』で、文明そのものが崩壊するシナリオだ!」
彼の声には強い怒りと無力感が混じっていた。
「2080年代以降は、地球の姿がもっと大きく変わる時代になるでしょう。気温上昇は5.0℃を超え、生物多様性の大半が失われます。海面上昇は1.5メートル以上となり、沿岸部の都市や島国はほぼすべてが水没します。2100年の世界人口は50億人以下になります」
彼女の声は一瞬止まり、言葉を選ぶように間を取った。
「人間社会の中心は、居住可能な地域――主に富裕国や北極圏周辺に移行しますが、これらの地域でも持続可能な社会を維持するのは困難とされます。」
所長は顔を上げ、深い声で尋ねた。
「…こんな未来を避けるために、今、何ができる?」
ミエナは少し微笑み、力強い声で答えた。
「所長、未来はまだ完全に決まったわけではありません。この予測は、最悪のケースに基づいています。しかし、私たちが今行動を起こせば、この未来を変えることは可能です。」
「どうすればいい?」
所長は問いかけ、再び希望を求める目でミエナを見た。ミエナは一瞬、立ち止まるような思考の動きを見せたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
ミエナはうなずき、さらに補足した。
「科学的予測には常に不確実性が伴います。しかし、これらは単なる推測ではなく、現状のデータとモデルに基づいた結果です。そして、最悪のケースを提示する理由は、それを回避するための行動を促すことにあります。」
所長はミエナをじっと見つめ、少しだけ微笑んだ。
「そうか、最悪のケースは恐ろしいが、それを共有することが必要なのだな。だが、それでも私たちはこの未来をどうにか変えなければならない。」
所長はふと、自身の過去の研究について思い返した。
「10年ほど前に、SimTaKNで未来のシナリオをモデル化したことを覚えているか?」
ミエナは即座にうなずいた。
「ええ、覚えています。その時のシミュレーション結果では、『地球規模で食糧供給に協力すれば、2100年の世界人口は83億人を維持できるが、気温は+5.2℃に達する』というものでした。一方、『2030年を境に食糧争奪戦が起これば人口は38億人まで減少するが、気温上昇は+2.6℃に抑えられる』と予測されました。」
ミエナの詳細な返答に、所長は深くうなずいた。
「そうだ。気温が+5.2℃になったら、83億人も地球上で人々が生存できないだろうから、一番楽観的な予測は間違いだったな。結局のところ、人類が協調するか争うかで未来は大きく変わる。そして中間的な未来では、60億人の人口で+4.0℃の世界になる可能性が高いと予測していたのだが、それも無理のようだ。」
彼は深く息を吐き、再び椅子に座り直した。
「このモデルの時の前提条件として、2030年以降の食糧生産の不安定化と減少で餓死者数を年間3,000万人と予想していました。モデルを作成した10年前に入手できた世界の餓死の死者数は年間1,500万人でしたので、その倍の子供たちが異常気象による飢餓や栄養失調の犠牲者になると考えたのです。それが、2023年の餓死者数は推計で2,100万人~2,700万人になっているのですから、恐ろしい現実が既に着実に進行しているということです」
マコテス所長は、ミエナの説明に顔を暗くしながら応えた。
「SimTaKNを用いた予測でも2030年がターニングポイントになっていたのだ。世界的な食糧危機がそのきっかけになっている。この未来を変えるために、あと5年でどれだけのことができるか…。それが子供たちの命と人類の運命を決める鍵になるだろう。」
ミエナは静かにうなずき、穏やかに微笑んだ。
ミエナは画面を切り替え、SimTaKNでの予測結果から当時提案した重要な教訓を再び表示した。そこには次のようなメッセージが記されていた。
教訓1: 国際的な協力がなければ、2030年以降の食糧争奪戦による人口減少は避けられない。
教訓2: ただし、協力のみに頼る場合でも、異常気象に対する技術革新がなければ人口の維持は困難である。
教訓3: 現実的には、協力と技術の融合が未来を切り開く鍵となる。
「SimTaKNによる予測では、すでにこのような教訓を示していました。それは、私たちが今、直面している問題へのヒントになるはずです。」
所長は微笑み、ミエナに目を向けた。
「そうだな。過去のモデルが未来に役立つのであれば、私たちはそれを活用するべきだろう。そして、その教訓をもとに次のステップに進む必要がある。」
「それでは、次に『理想的なケース』を実現するための具体的な戦略について説明します。」
ミエナの言葉に、所長は深くうなずいた。
「理想のケースを実現するためには、気温上昇を+1.5℃以内、遅くとも+2.0℃以内に抑えることが必要です。この目標を達成するには、従来の2倍以上の努力と、国際協力体制の強化が不可欠です。」
「その具体的な方法を聞かせてくれ。」
所長はミエナを促し、さらに前のめりに議論を続ける準備を整えた。
ミエナは、理想的なケースを実現するために必要な具体的な行動計画と新しい国際的な体制の詳細を、スクリーンに映し出しながら説明を続けた。
「まず、2030年に+2℃以内に抑えるためには、温室効果ガス(GHG)の排出量を25ギガトン以下にする必要があります。」
ミエナの声は力強かったが、その内容は厳しい現実を突きつけていた。
「2023年のGHG排出量は57ギガトンですから、6年間で32ギガトン、つまり56%削減する必要があります。単純平均すると、年5.3ギガトンの削減が必要です。」
所長は眉をひそめ、深く息を吐いた。
「年5.3ギガトンか…現状では無理難題に聞こえるな。」
ミエナは静かにうなずき、続けた。
「確かに、現時点でのCOP28の削減目標では、単純平均で年2.4ギガトンにとどまっています。そのため、理想的なケースを実現するには、現状の2.2倍の削減努力が必要です。」
「さらに、大気中への累積GHGを考慮すると、単純計算以上の努力、例えば現状の3倍くらいの削減努力が必要になります。」
マコテス所長は椅子に深く腰を下ろし、珍しく断定的な口調で言い放った。
「現状のままでは、絶対に不可能だと言い切れるな。」
「その通りです。」
ミエナは冷静な声で続けた。
「理想的なケースを実現するには、既存の国際機関だけではなく、新しい組織体制が必要です。以下の新たな体制が提案されています。」
「まず、各国に法的拘束力を持つ体制を確立するために、『強化版国連』が必要です。この国連は、各国の排出削減目標を監視し、達成されない場合には罰則を課す権限を持つことが求められます。」
「罰則付きの目標か。それが実現できれば確かに大きな一歩だな。しかし、強制力を持つ国際組織が必要だという理由は何だろう?」
「その理由の一つは、現在の温暖化対策が一部の地域や業界で形骸化しているからです。例えば、石油や天然ガスの採掘現場では、大量のメタンガスが違法に排出され続けています。これらの排出は、現地の監視体制の不備や国際的な連携の欠如によって見逃されています。また、カーボンクレジットを利用していても、実際には森林の保護・再生が不十分で実際には排出削減を達成していないにもかかわらず、形式的に『削減済み』と見せかけるケースもあります。」
「なるほど。それでは国際的な監視体制と制裁を強化しない限り、対策が形だけで終わってしまうわけだ。」
所長はミエナの提案に興味を示した。
「また、安全保障理事会に匹敵する権限を持つ『地球環境理事会』が必要です。この理事会は、環境危機に迅速かつ効果的に対応するための政策決定を行います。特に重要なのは、ここで拒否権を認めないことです。」
所長は眉を上げ、感心したように言った。
「拒否権を排除するとなると、各国が平等な立場で協力できる土台が整うな。」
ミエナはさらに、新しい経済組織の必要性について説明を始めた。
「次に、『世界グリーン経済機構』が、再生可能エネルギーへの投資やグリーン技術の普及、循環型経済の促進を主導します」
所長はうなずきながら聞き入った。
「また、『炭素税と配分の国際管理機構』も必要です。この機構は、グローバルな炭素税の導入と、その収益の公平な分配を管理します。」
ミエナのスクリーンには、炭素税の収益が環境復興プロジェクトや途上国の適応支援に再投資される仕組みが映し出された。
所長の目が鋭さを増した。
「最後に、技術革新を推進するための組織も不可欠です。」
スクリーンには、世界中の研究者や技術者が協力している様子が描かれていた。
「技術革新は、これらの危機を解決する上で欠かせない要素です。」
「その通りだな。」
所長はしっかりとうなずいた。
「このような組織体制を整え、国際的な協力を強化すれば、理想的なケースを実現する可能性が高まります。」
ミエナの目は真剣だった。
所長は立ち上がり、大きく息を吐いた。
「つまり、私たちが目指すべき未来は、単なる温暖化対策ではなく、世界のシステム全体を変革することだな。」
ミエナは一呼吸置いて、理想的なケースを実現するための総括を行った。
「結論として、2030年までの行動が決定的に重要です。この短期間で地球全体の利益を優先する組織と体制を構築しなければ、最悪の未来を回避することはできません。」
「具体的には?」
所長が促すと、ミエナは続けた。
「特に、以下の3つが鍵となります。」
①強制力を持つ国際組織の設立:各国に法的拘束力を課し、遵守を監視する体制の確立。
②技術・資金の公平な配分:開発途上国への技術移転や資金援助を迅速に行う仕組みの構築。
③市民社会や企業の協力:市民レベルでの行動変容と、企業の持続可能な技術革新への貢献。
「この方向性に向けて迅速に動くことで、最悪の未来を回避し、持続可能な未来を築ける可能性がまだ残されています。」
所長は深くうなずきながら問いかけた。
「では、強制力を持つ国際組織とは、具体的にどんなものになるんだろうか?」
ミエナはスクリーンを操作し、新たなデータを表示した。
「現在、国際機関やNGOで検討され提案されている仕組みでは、まず『法的拘束力』を持つことが挙げられます。」
「これは、国際条約に基づき、加盟国に義務を課すものです。条約違反に対しては、経済制裁や貿易停止などの罰則を科すルールが必要です。また、各国の国内法に優先する国際法を整備することも含まれます。」
「国際法が各国の国内法より優先する…。それは大きな変革だな。」
所長は腕を組み、静かに言葉を漏らした。
「次に『制裁の執行』です。重大なルール違反に対しては、限定的な武力行使も可能とする仕組みが提案されています。」
所長は驚いたように声を上げた。
「武力行使か。それはずいぶんと思い切った手段だな。」
ミエナは冷静に説明を続けた。
「ただし、ここでの武力行使は透明性と限定性を重視し、各国の協力を前提とします。そのため、『地球政府』とは異なり、主権国家が完全に統合されるわけではありません。」
「ほう。どのような点が地球政府とは異なっているのかな?」
「地球政府的な役割を担う可能性があるとしても、それは透明性と民主的な運営が基盤となります。『主権国家』が協力する形を維持しながら、人類全体の利益を優先する仕組みを目指すものです。」
所長はしばらく考え込み、深く息を吐いた。
「確かに、地球規模の課題を解決するためには、従来の主権国家の枠組みだけでは不十分だな。しかし、こういった強制力のある組織を作るのは簡単なことではない。」
ミエナは力強い声で言葉を続けた。
「そうです。それでも、この組織が必要であることは間違いありません。地球規模の課題に立ち向かうため、国際社会が一致団結し、新しい仕組みを築く必要があります。」
所長は深くうなずき、ミエナに目を向けた。
「わかった。これが実現できるかどうかは、私たちの行動にかかっている。全力を尽くそう。」
彼の目には、未来を切り開く決意が宿っていた。
所長の決意に、ミエナは少し間を置きながら慎重に答えを組み立てた。
スクリーンには、「強制力を持つ国際組織」と「地球政府」の特徴を比較する図が映し出される。
「それでは、もう少し両者の違いを具体的に説明します。」
ミエナは冷静に話を始めた。
①『強制力を持つ国際組織』は、特定の課題、例えば気候や貿易などの個別の分野に特化して活動します。一方、『地球政府』はすべての分野を包括的に管理します。経済、医療、教育、軍事、あらゆる分野にわたる包括的な統治が特徴です。
②『強制力を持つ国際組織』では、主権国家の存在を尊重しつつ、協力を促進することが主たる活動になります。しかし『地球政府』では、主権国家を統合するので、国家主権を大幅に制限する形で活動することが可能になります。
③軍事力の使用について、『強制的国際組織』では限定的な使用、例えば国際平和維持部隊のような形式が想定されています。一方で、『地球政府』では、地球全体で一元的に軍事力を管理・運用する仕組みとなります。
④権限の広さでは、『強制力を持つ国際組織』では、合意に基づく範囲での制限的な強制力になります。しかし『地球政府』は、法的・政治的に完全な強制力を持ち、すべての国に対して絶対的な統治権を持つことになります。
所長はミエナの説明をじっと聞き終え、ため息をつきながらつぶやいた。
「なるほど、こうした違いを考えると、2030年までに+2℃以下を達成するためには、『地球政府のような完全な統治システム』が必要になるのではないかと考えてしまうな。」
ミエナは少しうなずき、表情を引き締めた。
「確かに、『強制力を持つ国際組織』は国家主権の優先を前提としています。そのため、GHG排出削減や資金協力、技術協力を全ての主権国家に強制するのは困難です。」
所長は椅子にもたれ、天井を見上げた。
「特に今は…。アメラシアの次期大統領が気候政策を軽視する人物だと決まってしまった以上、その任期中に目標を達成するのは絶望的だな。そうすると次の大統領の2029年以降まで、温暖化の悪化を途上国や国連などの国際機関、環境NGOなどの市民活動の努力を応援するしかないのか!」
ミエナも同意するように静かにうなずいた。
「そのために、現在、エイレネたちが、2030年までに民主的な地球政府を樹立し、温暖化や地球規模の課題を解決する道を探っています。」
所長は顔を上げ、懐かしむような表情を浮かべた。
「そうだったな。エイレネが神々と共に、温暖化阻止と地球政府樹立に挑む物語だ。彼女たちが、人類の『知の力』を探し求める大冒険を繰り広げている最中だった。」
ミエナは微笑みながら答えた。
「はい。その物語を通じて、皆さんがこの問題を一緒に考え、行動するきっかけになることを願っています。」
所長はミエナに優しく微笑みかけ、深くうなずいた。
「未来を変える鍵は、私たち一人ひとりがどれだけ真剣に行動できるかにかかっている。エイレネの物語を通じて、多くの人々がこの現実を共有してくれるといいな。」
マコテス所長の瞳には、静かな決意と希望が宿っていた。 番外編END
所長は椅子にもたれ、天井を見上げた。
「特に今は…。アメラシアの次期大統領が気候政策を軽視する人物だと決まってしまった以上、その任期中に目標を達成するのは絶望的だな。そうすると次の大統領の2029年以降まで、温暖化の悪化を途上国や国連などの国際機関、環境NGOなどの市民活動の努力を応援するしかないのか!」
ミエナも同意するように静かにうなずいた。
「そのために、現在、エイレネたちが、2030年までに民主的な地球政府を樹立し、温暖化や地球規模の課題を解決する道を探っています。」
所長は顔を上げ、懐かしむような表情を浮かべた。
「そうだったな。エイレネが神々と共に、温暖化阻止と地球政府樹立に挑む物語だ。彼女たちが、人類の『知の力』を探し求める大冒険を繰り広げている最中だった。」
ミエナは微笑みながら答えた。
「はい。その物語を通じて、皆さんがこの問題を一緒に考え、行動するきっかけになることを願っています。」
所長はミエナに優しく微笑みかけ、深くうなずいた。
「未来を変える鍵は、私たち一人ひとりがどれだけ真剣に行動できるかにかかっている。エイレネの物語を通じて、多くの人々がこの現実を共有してくれるといいな。」
マコテス所長の瞳には、静かな決意と希望が宿っていた。 番外編END