最終話:あなたをお飾りの花嫁にはしません。
◇◇◇◇◇
子供のように泣き叫びながら、ふらふらと私室に逃げ込みました。
ドアを閉め、鍵を掛け、ペタリとその場に座り込み、床に体を投げ出しました。
もう座っている気力も出ない。
馬鹿みたいに希望を抱いてしまって。
馬鹿みたいに人を信じてしまって。
馬鹿みたいに我慢し続けて。
トリスタン様が見せてくれた、少しの優しさに、恋をしてしまった。きっとこれから少しずつ愛が芽生えて行くんだと。愛し愛される幸せな夫婦になれるかもなんて。
馬鹿みたいに、期待してしまっていた。
これは契約結婚だったのに。
「……リディアーヌ」
――――っ!?
部屋の外から、トリスタン様の声が聞こえます。
「リディアーヌ、話したいことがある」
きっと、感情的に泣き叫ぶ女など嫌になったのでしょう。我慢の限界が来たのでしょう。
だけど私は、ここから逃げられない。家族たちのためにも。
「申し訳ございませんでした。二度と……あのような醜態は晒しませんので――――」
「リディアーヌッ!」
「っ!?」
名前を叫ばれ、ドアが開けられました。鍵をかけていたのに……あぁ、そうか。当主だからマスターキーを持っていますものね。
「リディアーヌ!? なぜ床に……」
「っ! 申し訳ございません。このような醜い――――」
「醜くなどないっ!」
トリスタン様が怒鳴っている。また、怒らせてしまった。
「っ……すまない…………泣かせてすまない」
床から抱き起こされ、トリスタン様の腕の中に閉じ込められてしまいました。
抜け出したくとも、ギチリと強く、男の人の力からは逃げられない。
「リディアーヌ、時間を、くれないか?」
「……時間?」
「君に、愛してもらえるよう、努力したい」
「………………なんで?」
「私の妻は、君だ。君に投げつけたひどい言葉と態度はなかったことにはならない」
心臓が淡く脈打ちます。
トリスタン様の腕に更に力が入ります。
「あなたをお飾りの花嫁にはしません。そう言ったね?」
「……はい」
「リディアーヌのことなど知らずに、知ろうともせずに、言ってすまない」
トリスタン様が腕の力を緩め、私の頬を両手で包み込まれました。
「結婚式のとき、間違いなくお飾りの花嫁じゃなかった。私はあの時から、君に恋をしていた。君と初夜を迎えて、愛を育んで、愛し愛される夫婦になりたかった」
「っ…………わたしも、です。でも…………出来なかった!」
「ん。私のせいだ」
知らないうちに次の日になっていて、知らないうちに、嫌悪されていて、もう、どうしようもなかった。
「だから、時間がほしい。君ともっと話して、君ともっと過ごして、本当の夫婦になりたい」
「っ、はい。私もです」
どちらともなく重ねた唇は、熱く甘く柔らかく。
結婚式の日の誓いのキスよりも、想いが込もっていたように思えました。
◇◆◇◆◇
「おがぁぁざまぁぁ」
「まぁっ! ワイン用のぶどうを食べたら駄目だと言ったでしょう!?」
口のまわりやシャツを紫に染めた娘が、泣きながらこちらに向かって走ってきます。
「どこに消えたかと思えば……」
「おどぉざばぁぁぁ」
「はははは! リディアーヌそっくりだ!」
「トリスタン様っ!?」
トリスタン様と結婚して六年。可愛い娘にも恵まれ、お腹には新しい命も。
トリスタン様はあのときの宣言通り、私を『お飾りの花嫁』にはしませんでした。ちゃんと愛された花嫁にしてくださいました。
トリスタン様は、あのときの言葉は本当に恥ずかしいと言いますが、私はあの瞬間に、恋をしていたのだと思います。
―― fin ――
はい、ということで、完結。
短期集中連載、終了でございます。
たまには真面目な作品も書けるんですよ!?←
そうそう、只今連載中の『定食屋で魔王をオトすやつ 〜転生悪役令嬢の美味しい成り上がり〜』もぜひよろしくお願いいたします。(宣伝かよ!)