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4:耐え忍ぶ。




 ◇◇◇◇◇




 小鳥の可愛らしい囀りで目が覚めました。


「え?」


 頭が異様に重たく、ひどい風邪を引いたときのようにグラグラとします。

 確か湯あたり気味になって…………?


「リ……リディアーヌさま……」


 必死に昨晩のことを思い出そうとしていると、バタバタと部屋に侍女長――カティが飛び込んで来ました。

 確か彼女も私の入浴中に頭痛がするとフラフラになりだして、二人で湯あたりしてしまったのだろうと…………。


「どういうことですか!?」

「え?」

「なぜ……なぜ、主寝室に向かわれず、侍女を送ったのですか!?」

「――――え?」


 昨日は……私室で少し休んでから主寝室に向かおうとしていました。新しく入った美しい金髪の侍女――デボラが、ハーブティーを差し出してくれて。

 ……それから? 記憶が、ない?


「侯爵様は…………?」

「っ……大変お怒りのご様子です」


 ――――どうしよう。




 バタバタと着替えて、ダイニングホールに向かうと、侯爵様が無表情で食事をされていました。


「侯爵様……おはようございます」

「……」


 一切こちらを見ずに朝食を続けられています。

 昨日のふわふわとした時間が嘘のよう。喉が締め付けられ、息ができません。


「昨晩は――――」

「聞きたくない。失礼する」


 フォークをがガチャンと投げ捨てるように置き、食事もほとんど残された状態で執務室へと向かわれました。

 カティが慌ててついていく姿を見ていて、ふと気が付きました。唯一事情を知っているはずのデボラがいません。


「っ……デボラ、デボラは!?」

「…………昨晩のうちに解雇されたそうです」

「っ! なぜ……何があったの!?」


 侍女たち使用人に視線を向けても、逸らされるばかりでした。

 取り敢えず、用意してもらっている朝食は食べなければと、胃がひっくり返りそうになるのを我慢しながら食べていました。


「ふふっ、ざまぁ」

「ちょっ、しーっ。聞こえるわよ」

「いいじゃない。急に現れて、契約結婚のくせにデカい顔しちゃってさ」

「そうだけどぉ」

「買っていただいたドレスが気に入らないって全部捨てたのは流石に、ねぇ?」

「あれは酷かったわねぇ。ほんと何様なのかしら?」


 ――――っ!


 ここの人たちは、来たときに嫌がらせでされていたことは、全部私が言ったわがままだったと思っているんですね……。 

 もしかして侯爵様も? でも、カティから聞いてる風だった。


「貴女たち! 何を話しているの!?」


 侯爵様を追いかけていたカティが戻ってきて、クスクスと笑い合う使用人たちを叱ってくれました。

 

 ――――味方はカティだけなのね。


「カティ、少し部屋で話せるかしら?」

「ええ、もちろんでございます」


 私室に戻り、昨晩のことを確認しました。


「デボラが、主寝室に…………なんで……」

「わかりません。トリスタン様いわく、奥様が向かわせたと」

「そんなことっ!」

「わかっております」


 カティが大丈夫、なんとかしましょう、と励ましながら両手を包んでくれます。

 実家に帰ることなど叶わない。

 これは契約結婚であり、契約が破棄になってしまうと、我が家の一族郎党が路頭に迷ってしまう。

 耐えなければ。


 この屋敷で頼れるのはカティのみ。

 なんとしてでも、侯爵様とお話しして誤解を解かなければ。




 翌日、その翌日も。一週間経っても、侯爵様は一度も視線を合わせてくださいませんでした。

 食事も別々。

 夫婦で招待されていた夜会は、私が体調不良だということにされ、連れて行っても貰えませんでした。


 冷戦のような状態から二週間。

 侯爵様がお昼のお茶会に一人で出掛けられました。ご帰宅されたとカティから報告があり、玄関に向かうと苦虫を噛み潰したような顔をされてしまいました。

 いつものことなので、めげません。


「おかえりなさいませ、トリスタン様」

「っ――――」


 カティに勧められて、侯爵様のお名前を呼びしてみました。

 結婚式の前、名前で呼ぶようにと言われていたのですが、恐れ多くてほとんど呼べていませんでした。

 カティから、トリスタン様が名前で呼んでほしいのに、と漏らされていたと教えてもらったのです。


 また無視されると思っていたのに、小さな声で「あぁ」と返事をしてくださいました。

 それだけで嬉しくて嬉しくて、頬が緩んでしまいます。


「……っ、執務をしてくる」

「はい」

「…………君には、言ってない」

「はい。申し訳ございません」

「………………ん」


 少し、ほんの少しだけ、会話のようなものが出来ました。

 

 


 一ヶ月、二ヶ月と経ち、徐々に使用人たちと打ち解けて来ました。

 シェフと話したり、庭師と話したり、ワイナリーの従業員たちと話したり。


「リディアーヌ奥様、お庭の花をお持ちしました」

「まぁ! 綺麗なコスモスね。ジョン、いつもお手入れありがとう」

「……」


 トリスタン様がそういった場に遭遇すると、睨んでくるのはとても辛いけれど、彼らのおかげでここでの生活も少しずつ楽しみを見いだせるようになってきました。


「明日、君の父君がワイナリーに来られる。昼食は共に」


 一人で食べる夕食の席にトリスタン様が来られ、それだけ言うと足早に去って行かれました。


「カティ……お父様は何をしに来られるのかしら? どうしたらいいのかしら?」

「奥様のご実家のぶどうを使って、こちらでワインを作ってみることになったようです。きっとその話し合いかなにかだとは思うのですが」


 カティも聞いていなかったようです。

 どうしたらいいのでしょうか。


 お父様の前では、仲睦まじい夫婦を装う?

 それとも、全部話してしまう?

 …………そんなことをしたらどうなるかなんて、わかり切っているのに。


 愚かな考えをしてはいけない。耐え忍ばなければいけない。

 そう、自分に言い聞かせながら眠りにつきました。



 

ではまた明日。

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