3:侯爵の決意。
結婚式が終わり、屋敷に戻りました。
初めてのキスというものを体験し、どうにも心がふわふわとしています。
「今日からは夫婦です。主寝室で待っていますので」
侯爵様にそう言われ、頭が真っ白になりました。夫婦になった男女が主寝室に行くということは『初夜』を迎えるわけで。
知識として知ってはいるものの、実際にこれから行われるものだと認識してしまうと、少し尻込みしてしまいました。
「…………はい」
少し震えたような声になってしまいましたが、ちゃんと返事をしたのです。ちゃんと行くつもりだったんです――――。
◆◆◆◆◆
諸事情と我が領の為に、契約結婚をすることにはしたものの、リディアーヌが思いのほかいい娘すぎて、どうにも淡々と接することができなくなってきた。
越してきて初日に大きな失敗をしたものの、彼女は特に気にした様子もなく、侍女たちのことも直ぐに許してしまっていた。
同居を初めて一週間、とにかく素直すぎると気付いた。
リディアーヌが辞めさせる必要はないと言い、残していた数人の侍女。やつらは彼女が優しいのを笠に着て、あることないこと吹き込み、いじめ倒していた。
見つけるたびに紹介状なしでクビにし、やつらの実家にも連絡はしておいたが。
彼女は侍女が入れ替わることに「仲良くなれませんでした」としおれる、とても不思議な娘だった。
結婚式では、誓いのキスに蕩けたような顔をしており、妙に自尊心が満たされた。
立食パーティでは、例の伯爵がちゃっかり参加していた。
彼女と契約結婚したことがバレれば大変なことになると気を張っていたのだが、彼女は見事としか言いようのない対応をしてくれた。
あの出た腹が醜い伯爵は、後妻を探していた。
以前参加した夜会で聞こえてきたのは――――。
契約先の子爵家の娘が嫁に行かずにずっといる、見た目は悪くない。
そろそろ没落しそうだし、結婚して土地を我が物にし、ワイナリーを潰して、観光地にしようか。
――――そんな話だった。
よくよく聞き耳を立てていると、この国でも珍しい品種のぶどうを作り良質のワインを作っているというヴォジェ子爵のことだった。
あそこの先代と共同経営の契約を結びたかったが、私の父親と先代子爵との相性が悪く、契約には至らなかった。
あそこの娘は確かまだ、二十。伯爵は四十過ぎ。
あまりにも娘が可哀想になってきた。
あんなのにあのワイナリーが潰されるくらいなら……。
そう思って契約結婚を申し出たが、あのときの私の判断は素晴らしかったと、自分で褒め称えられるほどだと思っている。
ニタニタと笑いながら人の妻を舐めるように見る伯爵に、イライラが積もっていく。
気付けばリディアーヌの指に自らの指を絡めていた。三十手前になって何をやっているんだかと思ったが、リディアーヌの反応は思ったよりも良く、頬が紅く染まっていた。
――――あぁ、かわいいな。
「今日からは夫婦です。主寝室で待っていますので」
屋敷に帰り、開口一番にそう言ってしまった。
本物の夫婦になろう。
今からでも遅くないはずだ。今から愛を紬いでいこう。
「…………はい」
リディアーヌは少し震えたような声で、返事をした。
緊張からなのだろうと思っていた。
主寝室のベッドに座りまだかまだかと待っていた。
女性の準備は遅い。特に初夜ともなれば丹念に磨かれ、香油を塗り込まれ、なんとも言えない夜の香りになるのだとか。
先に結婚した友人がそんなことを言っていた。
個人的には、そんなものより彼女自身の柔らかな匂いのほうが好きなのだが。
そんな妄想をしていると、主寝室と彼女の部屋を繫ぐドアがノックされた。
「おいで」
「あの……明かりを、明かりを消していただけますか?」
「ああ。ん、消したよ」
きっと恥ずかしいのだろう。初夜の服とはなかなかに薄手らしいから。
ゆっくりとドアが開き、入ってきた。
歩みがあまりにもゆっくりなのは、暗闇のせいなのか、緊張のせいなのか。
「リディア…………」
ベッド周辺は月明かりがあるので、そこまで暗くはなかった。十步程度だが少し暗めのドア近くまで迎えに行くと、明らかに体格の違う女がそこにいた。
「…………新しく入った侍女だな? 何をしている?」
「ちちちちがうんです! リディアーヌ様が! リディアーヌ様が、どうしても嫌だけれど、初夜の証拠のシーツはいるから、経験のない私が行くようにと! 命令、されたんですっ!」
ふわふわとした金髪の女が大きな胸を露にして抱きついてきた。
「どうか、どうか、このまま気付かなかったことにして――――」
「斬り捨てられたくなければ、今すぐ荷物を纏めて出ていけ。明日の朝までこの屋敷に残ることは許さない」
「ヒッヒィィィ!」
侍女が腰を抜かしながらも走って主寝室から飛び出して行った。
何も考えることが出来ない。なぜこうなる。
フラフラとリディアーヌの部屋に向かうと、リディアーヌはのほほんと安らかな顔でベッドに寝ていた。
「――――っ?」
あの侍女が言ったことは、本当なのか?
なぜ寝ている。
初夜に、こうも当たり前のように、私室のベッドで。
なぜ眠れているんだ。
腸が煮えくり返るとはこういうことなのだろう。
今すぐに――――。
「っ……ハァァ…………」
おぞましい考えが頭を過ぎったが、何度も深呼吸をして落ち着けた。
彼女がそういう態度であるならば、私もそうしよう。
また次話に