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1:お飾りの花嫁

 



「あなたをお飾りの花嫁にはしません」


 没落一歩手前な貧乏子爵家が生き残るためには、契約結婚しかないのが世の常。

 そう思って……というか、そういう契約で侯爵家に嫁いで来たはずなのに、少し年上の若き侯爵様の口から溢れたのは、思いもよらない言葉でした。


「――――え?」

「ですから、お飾りの花嫁にするつもりはないんです。しっかりと愛し合っていると招待客に思わせなければならない」

「あ、はい。承知しております」


 少しだけ、ほんの少しだけ期待した私が馬鹿でした。


 黄金に輝く髪と瞳はとても優しい印象で、社交界で華々しい噂が飛び交っている侯爵様。

 まさか彼と契約結婚することになるとは、思ってもいませんでした。




 ◆◇◆◇◆




 厳格でいて優しくもあったお父様に頭を下げられて、私は二つ返事で了承しました。


「すまない」


 作っているものはいい。だけど、経営は不得手だった先代のお祖父様が結んでしまった契約のお陰で、我が領のワインはかなりの安値で買い叩かれていました。

 お父様が爵位を受け継ぎ、どうにか立て直そうにも契約相手が王都で財を成している悪い噂が絶えない伯爵。契約の見直しの嘆願は無視されてしまう始末。


 もうどうにもならず、代々受け継いできたぶどう畑を手放し、爵位を返上してしまおうと話し合っていた最中のことでした。

 比べ物にならないほどの広大なぶどう畑と上質のワインを作ることで有名な、ルサージュ侯爵。

 ルサージュ侯爵トリスタン様からの申し出により、契約結婚が決まりました。


 『一人娘のリディアーヌが侯爵と結婚することになったので、ヴォジェ子爵のワイナリーはルサージュ侯爵との共同経営になる』

 というのが建前で、ルサージュ侯爵が見ているのはぶどう畑のみ。


 以前から我が領のぶどうの品種と品質の良さを気に入っていた彼が提案してきたのは、娘の私と結婚するからと目出度い理由を付ければ、流石の伯爵も大々的に反発はしないだろうという案でした。


 ヴォジェ子爵家は取り潰しにならずに済むし、伯爵からも逃げられる。正当な配分も得られる。

 ルサージュ侯爵家は、煩わしい結婚話をされなくなる。ぶどうの木の株分けをして新たなワイン造りが出来る。


 他にも様々な利点があり、両家ともに繁栄することは間違いないとのことでした。




 結婚の話が決まって半年後、私はルサージュ侯爵家に向かいました。今日から侯爵家で生活し、来月には結婚式を挙げる予定です。

 いつもはひとつにまとめているだけの少しくせっ毛の茶色い髪も、今日だけは綺麗にセットしてもらいました。服もいつもより少しだけおしゃれにして。


 だから、浮足立っていたのでしょう。

 ほぼ初顔合わせの状態だったのに『あなたをお飾りの花嫁にはしません』と言われて、もしかしたら幸せになれるのかも?なんて、ほんの少しだけ期待してしまいました。


 これは契約結婚で、愛し合っているという偽装もしなければならないのに。


「承知しております」


 深々と頭を下げると、頭の上から「ハァァ」と大きな溜め息が降ってきました。臣下の礼などするなと低い声で言われてしまい、肩が震えます。

 私が失敗すれば、一族郎党が路頭に迷うことになるのに。


「……恋人とはどのような会話をしていましたか? 彼への態度と同じでも構いません。とにかく早急に恋人らしさを――――」

「っ、あのっ!」


 なにが悲しくてこんなことを自ら伝えねばならないのか。でも、伝えないことにはどうしょうもないというのは分かっています。


「恋人や婚約者はいたことがありません」

「…………は?」


 たっぷりと時間を置いて、一言。侯爵様はキョトンとしたお顔のままで「そうですか」とだけ言い、あとは使用人たちに指示を出すばかりでした。

 私には部屋で休むよう、食事の際は呼びます、と言われました。




 私室に案内され、あまりの豪華さに目を見張りました。


「わぁ凄い!」

「奥様になられる方の部屋ですので、当然です。私どもは片付けをしますので、どうかそちらにいらしてください」

「はい。ごめんなさい」


 部屋の隅にあるレターデスクを指されました。

 邪魔をするつもりはなかったのですが、初対面ですし、そう思わせてしまったのかも?


「あの、手伝いを――――」

「不要です。使用人の仕事を奪わぬようお願い致します」

「はい。ごめんなさい」


 結局、使用人たちが手早く荷物を片付けるのを、無言で見つめるだけになってしまいました。


 私の専属の侍女は家からは連れてこなかった、というべきか、連れてくる侍女がいなかったというべきか。

 侯爵家で専属を決めていただけるとのことでしたが、今のところは、何人かが持ち回りでお試しということになっているそうです。


 荷物の片付けが終わり、夕闇に飲まれながら薄暗くなっていく部屋の中でぼぉっと外を眺めていると、部屋のドアがコンコンとノックされました。


「リディアーヌ嬢」

「……あっ、はい」


 慌ててレターデスクから立ち上がりました。

 侯爵様のお顔がみるみるうちに苦いものになっていきます。何か不興を買ってしまったのでしょうか?


「なぜこのような暗闇に? 当て付けですか?」


 言っている意味が分からずキョトンとしていると、侯爵様が語気を強められました。


「これはそちらの家にも有益な話だったはずだ。君の気分次第で契約は破棄できない」

「え…………?」

「部屋が気に入らない、用意した服は要らない、食事を一緒に取りたくない。君はもう二十歳だろう? 子供のような態度は止めてくれ」


 ――――え?


「あのっ」

「なんだ!?」

「そのようなことは、言っていません」

「は?」

「侯爵様のご厚意に感謝すれど、そのようなことは一切考えたこともございません」


 いくらここに来て多少戸惑っていようとも、絶対にそんなことは言わないし、思わないという自負だけはあります。

 それを聞いた侯爵様が顎に手を当て、「ふむ」と一言つぶやかれました。


「リディアーヌ」

「えっ……あ、はい」


 呼び捨てにされ、少しだけドキリとしました。


「問題の改善はします。とりあえず共に食事を」

「はい」


 初めての二人きりの食事。

 少し気不味くもありましたが、終始侯爵様がワインに関する話題を振っていただけたので、問題なく会話できていたような気がします。




次話は数時間後に。

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