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いつだって日はまた昇る  作者: paiちゃん
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H-096 俺には虫の声だけど、皆にはノイズになるらしい


 残弾がマガジン1つとなったところで、俺達はグランビーに引き返すことにした。

 七海さんが、最初にゾンビ達がいた場所から、2Kmほどの区間の画像を上空から撮影してくれたから、山小屋に帰って今回の成果を確認してくれるに違いない。

 俺個人としては、三分の二は葬ったように思えるんだけどなぁ。もう1度、同じ事をすれば再びデンバーへと向かう事が出来るだろう。


「サミーの方も成果があったのだろう?」


「色々と分かりました。それにしても、あのような声だとは思いませんでしたよ。ワインでも飲みながらゆっくりと聞き入りたいと思ったぐらいです」


 俺の言葉に同じトロッコに乗っていた連中が、驚いたように顔を俺に向けた。

 真剣な表情で視線を向けて来るから、ちょっと怖いくらいだ。


「何ですか? 何か悪い事をしましたっけ?」


「いや、そうじゃないんだが……」


「ゾンビの声をずっと聞いていたいなんて言うからだ! あのザザァーと言う雑音がサミーは好みなのか? それは、人間としてどうかと思うぞ」


 あれが雑音だと?

 俺の方が驚いて、大きく目を開いた。


「待て待て、その話を昔聞いたことがあるぞ……。誰じゃったかなぁ。キャシーなら覚えておるかもしれん。それまでは、変人扱いはしない方が良いかもしれん」


「感受性の違いって奴か? だが、あの音を長く聞くなんてことは俺には出来んがなぁ」


 ウイル小父さんの言葉に、皆がうんうんと頷いている。

 七海さんが最初にコオロギの音だと言ってくれたぐらいだから、俺に味方は1人いることはいるんだよなぁ。


 山小屋に戻って焚火の周りを囲んだ俺達の前に、ライルお爺さんがキャシーお婆さんを連れて現れた。

 お婆さんは物知りだからなぁ。俺とウイル小父さん達の違いが分かるかもしれない。


「……とまぁ、そんな話をトロッコの中でしてたんだ。サミー、ご婦人方にも書かせてやってくれ。ゾンビの声はメイ達も初めて聞くだろうからな」


 ジュラルミンケースを開けて、変換器を取り出すと、ケースの中にあった小型スピーカーに繋ぐ。

 再生した音を1分ほど聞いて貰ったんだけど『やはり雑音ね』という言葉を頂くことになってしまった。


「サミーはこの音が雑音には聞こえないそうだ。いつまでも聞いていられるというんだからなぁ」


「ひょっとして、サミーはこの音が虫の出す音に聞こえるのかしら?」


 ウイル小父さんの言葉に小さく頷いたキャシーお婆さんが、俺に問いかけてきた。


「そうです。俺もそうですが、ナナも同じ虫を思い浮かべました。コオロギです」


 にんまりと、キャシーお婆さんが笑みを浮かべる。

 原因が分かったのかな?


「ウイルは庭で鳴く虫をジッと聞いていられるかしら?」


「虫が鳴くだと? あれは耳障りなノイズそのものじゃないか! 今では無視できるまでになってるぞ」


「それが答えよ。虫の出す音を音楽として聴くことができる民族は世界中でただ2つだけ。1つはポリネシア民族、もう1つが日本民族よ。

その理由を研究した学者さんの本を読んだことがあるの。理由は普段の話言葉にあるみたいね。私達は虫の出す音を音楽と同じように右脳で聴くらしいんだけど、日本人は言葉と同じように左脳で聞くみたいなの。

 だから、サミー達には似た虫の名前まで出て来るんだけど、私達には雑音と言うことになるんでしょうね」


「それって、同じ人間が出来る事なのか? 脳の使い方が逆だなんて!」


「単一民族が自然と一体となった島暮らしを長く続けることで、そのような変化が起こったということになるのでしょうね。サミ―達には自然の声が聞こえるということになるのかしら……」


 なんか新興宗教の教主に祭り上げられかねないな。

 だけど、それが俺達とウイル小父さん達の違いってことなんだろう。同じ人間なんだけど、環境が人間を変えるのかな。


「と言うことのようです。俺もエディも同じ人間ですよ。それに、変人や変態ではありませんからね」


「悪かった……。それにしても、虫の出す音を言葉としてサミー達は聞いているのか……」


「となると、ゾンビの出す音の解析はサミー達が適任とも思えるな。それで、新たに分かったことはあるのか?」


「そうですねぇ。本部の方でも試験したようですから、多分同じ結果になったかと思います。ゾンビの出す音は、変調装置を介して聞く限り、俺達にはコオロギの音に聞こえます。たまに一斉に音を出す時には、秋の野原にいるような錯覚を覚えるほどです。

 帯域を変えたり、変調周波数を変化させても見ましたが、格段の変化はありませんでした。

 もし、あの場所に統率型ゾンビがいるとしたら、コオロギとは異なる音色を出すと思われます。それをデンバーで確かめるのが次の課題になりますね」


「なるほど……、統率型はまた異なる虫の音になる可能性があるということだな。我等にはその違いが分からんが、サミー達なら聞き分けられるという事か。オリーに教えても良さそうだな」

 

 俺が教えたら実験室で磔になりそうだから、レディさんに任せよう。

 

「さて、次だ。峡谷のゾンビに対する襲撃前と襲撃後の画像がこれになる。おおよそ三分の二を倒したと考えている」


「確かにそれぐらいだな。残りは千体には届かんだろう。やはりグレネード弾は使えるぞ。さすがにエアバースト弾を越えることは出来んが、1度に10発以上放てるからなぁ」


「500体程ではないだろうか。個体間の距離がかなり開いている。これなら、銃撃だけでも残りを倒す事も出来るだろう」


 後1回で何とか……、と言うことなんだろう。

 だけどその前に、弧の群れに近づくには今回倒したゾンビを線路上から退かさないといけないんだよなぁ。それだけで1日以上掛かりそうだ。


 最後にウイル小父さんが、明日は休養を告げてくれた。


「明後日は、このゾンビを片付けねばならん。面倒だがやらないとトロッコを走らせられんからなぁ」


 溜息交じりにウイル小父さんが話を終えたところで、メイ小母さん達が飲み物を持って現れた。

 氷を浮かべたバーボンの水割りのグラスを受け取ると、焚火でタバコに火を点ける。

 ストックしておいたタバコも残りが少なくなってきた。

 早めに確保しておきたいが、本部から取り寄せることができるのだろうか?

 ダメ元で、レディさんに確認してみようかな。


「クリスから、ナナが秋の夜中の音楽会と言う話を聞いたことがあるそうだ。『クラシックなの?』と聞いたら、『沢山の種類の虫が奏でる音楽よ』と答えてくれたと言ってたぞ。変わった女性だとずっと思っていたらしいな」


「エディも、その口なんじゃないか? 俺は変わっていると自分で思ったことは一度も無いぞ」


「まぁ、そんなにむきになるなって。決してそうは思わないからな。だが、変人は自分を変人だとは思わないそうだぞ」


 まったく、俺で遊ばないでほしいところだ。

 苦笑いを浮かべながら友情を確認しあっていると、レディさんが近くに腰を下ろしてきた。


「全く、どこか変わった奴だとは思っていたが、私達と脳の使い方が異なるという事か。確かに文字だけで4種類を使い分ける民族だからなぁ」


「漢字にカタカナ、そしてひらがなの3種類じゃないの?」


 ニックの言葉にレディさんが首を振った。


「ローマ字という我等のアルファベットまでも使っている。それが音を言葉として認識する原因なのだろう。サミーが蒸気機関の当番の片手間に作っていた石板の文字は私にも読めるが、まったく意味が分からんな」


 ローマ字で刻んでいるからね。読めることは読めるだろう。


「まだ途中ですけど、読んだんですか?」


「ローマ字だろう? 私にも発音は出来るぞ。意味が分からなくともな」


「この経典を刻んでるんです。感じでは意味が分かっても言葉に出すことが出来るのは日本人ぐらいでしょう。

 もしも、万が一にも俺が倒れたなら……。あの石板をニックかエディに読んで貰おうと思ったからですよ。ニック達なら聖書の一節を唱えるのが本当なんでしょうけど、生憎と宗派が違いますからね」


「意味が分からずとも、言葉を出すことで良いのか?」


「それで十分です。そもそも、このお経は……」


 酒を飲んでいるからか、何時になく饒舌になる。

 レディさんが興味深々に聞いてくれるからだろうな。


「すると、そもそもあの石板は古代インドのサンスクリット文字を発音するためのものだというのか!」


「そうです。元の意味がどんなものかは俺も知りません。中国に『西遊記』という本があるんです。偉いお坊さんがサルと豚、それに河童を従えて中国の都長安から天竺と呼ばれる仏様の住む地にお経を取りに向かう話なんですが、その中に出てくる偉いお坊さん三蔵法師は実際にインドまで歩いて仏教の教えを受けに行ったようですね。たくさんの経典をインドから持ち帰り、晩年はそれを中国の言葉である漢語に翻訳することに専念しました。

 同じお経をサンスクリット語で聞いたことがあるんですが、良くも意味を持たせて同じような発音が出来るようにしたことに感心しました。間違いなく天才の1人ですね」


「全く異なる言語の発音をさせながら、その言葉に意味を持たせたという事か! 凄い僧もいたものだな。それでその意味は?」


 酒を飲みながら般若心経の解釈をするとは思わなかったな。

 もっとも俺の解釈は、どこかのお坊さんが解釈してくれた受け売りなんだけどね。


「いつ聞いても、不思議な例えだよなぁ。そこに在るということは無いことであり、そこに無いならばそこにはあるということなんだからなぁ」


「それを理解できれば天国に行けるのかい?」


「天国と言えるかどうか……。そもそもが輪廻からの脱却だからなぁ。輪廻転生から解放されることが本来の仏教の教えらしいよ」


「復活は仏教世界でもあるらしいぞ。我等はキリストを待つことになるが、仏教での復活は生前の行いに応じての復活らしい。場合によっては次に生まれる時に獣になることだってあり得るということになる」


「人間とは限らないって! それは問題だぞ、サミー。やはり早いところ洗礼を受けといた方が良いんじゃないか」


 親友の忠告だけど、今のところはこのままでいよう。

 その為に石板を彫っているぐらいだ。

 ちゃんと読んでくれないと、ハロインの夜に化けて出てやるからな。

 


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