H-095 ゾンビの声はコオロギだった
ロッキー山脈を貫くトンネルの先が明るく光っている。
どうやら出口のようだ。トロッコが速度を落としはじめ、出口の10mほど手前で止まった。
エディの運転は上手くなったなぁ。将来は列車の運転手として暮らして行けるんじゃないか?
どんな柵なんだろうと、ウイル小父さんの後に付いて柵まで歩いていく。
柵を見て驚いた。急造の柵なんだろうけど、とてもそうは見えないんだよなぁ。
トンネルから3mほど張り出して鉄骨で資格の枠を作り、そこに鉄パイプが溶接されている。両扉の上下に3か所設けられた蝶番もかなり頑丈だ。
ロックは……、横に鉄パイプを通している。1か所だけでなく2か所あるのは強度を持たせるためだろう。
その上、両扉の鉄パイプに鎖を通して大きな南京錠を掛けてあった。
ここまでするのかねぇ……。これならトラックが突っ込んでも壊れないんじゃないかな。
「これなら、ゾンビも通れまい。それにトンネルから張り出して作ってあるから、ここで迎撃もできそうだ」
「丈夫であれば安心できますからね。この後どんなゾンビが出て来るか想像すらできません」
「ゴリラみたいな奴でもこれなら大丈夫だろう。もっともそんな奴が出るかもしれないと、工兵達が線路に栓をするためのトロッコを作っていたぞ。さすがにそんなゾンビは出ないだろうが、『備えあれば……』という奴だな」
柵を開いて俺達がトロッコに乗り込むと、再び東に向かってトロッコが動き出した。
峡谷までは1時間ほどだろう。今の内に客車からジュラルミンケースを運んでおこう。
「300mと言っていたが、200mほどに近づいてみる。100m以内に近づいたなら、銃撃するが、サプレッサー付きだから、直ぐには押し寄せては来ないだろう。その間に上手く試してくれ」
「了解しました。トロッコから降りて試してみます。ゾンビが来るようでしたら、俺も銃撃に参加しますよ」
俺の言葉にウイル小父さんが笑みを浮かべる。
今日はニックが隣にいないんだよなぁ。最後尾の機関車にパットと一緒に乗っている。
七海さんはクリスト一緒に客車にいるようだけど、峡谷に近づいたらドローンを使って先行偵察を行うに違いない。
一服しながら景色を眺める。
新緑の季節だから、風までが若葉の匂いがする気がするなぁ……。
1時間ほどトロッコが進むと、両側の尾根が見上げるように迫って来る。
いよいよ峡谷に入るというところで、トロッコが停まる。
ウイル小父さんがトランシーバーで連絡を取っているのは客車で待機しているレディさんだろう。
直ぐに七海さん達がやって来て、ハンヴィーの荷台の後ろにモニターを取り付ける。
七海さんの操縦でドローンが飛び立ったから、俺達はモニターの画像を覗き込む。
10分も線路伝いに進んでいると、ドローンのカメラがゾンビ達を映し出す。
各個がふらふらと動いているだけだな。やはり統率型ゾンビが存在しないと、烏合の衆そのものと言うことになるのだろう。線路伝いにグランビーを目指すわけでもなく、かといってデンバーに戻るわけでもない。
「群れてはいるが、まったく動きがでたらめだな。これなら近付けそうだ。……ニック! 聞こえるか? これから峡谷に進む。機関車のエンジンを掛けてアイドリング状態を保ってくれ! ……エディ、ゆっくり進んでくれ。200mほどに近づいたところで止めてくれよ。だがエンジンは切るんじゃないぞ。いつでも後退できるように備えてくれ!」
トランシーバーからパットの元気な声が聞こえてきた。運転席からはクリスが俺達の顔を向けて了解のハンドサインをしている。
ガタガタン! と小さな連結器の音がすると、トロッコがゆっくりと進み始めた。
まだドローンは帰ってこないんだが、このままバッテリーの持つ間は上空でゾンビの動きを監視するのかな?
「2千体と言うところか?」
「そんな感じだな。途中でだいぶ倒しているからなぁ。こいつらを倒さなくては、再びデンバーの町に入れん。全部倒さねばならんのが面倒なところだ」
峡谷をしばらく進むと、トロッコの速度が落ちてきた。
「見えたぞ!」とエンリケさんが後ろを振り返って俺達に教えてくれたから、それほど距離は無いのかな?
モニターには俺達の乗るトロッコが橋の方に映っている。
まだ500mほどはありそうだな。
「もう直ぐだ! 何時でも下りられるように待機してくれ」
ウイル小父さんがトランシーバーで指示を送る。
俺はジュラルミンケースから装置を取り出し、小さなモニターが付いた金属ケースを専用のベルトを使って肩から吊り下げた。
ヘッドホンを付けると、ケーブル端のプラグを手も音の箱のジャックに差し込む。
変調波を3万Hzに設定し、帯域を2kHzとした。後は変調波を微調整してゾンビの声を聴けば良い。
右手で集音器を握り、左手はフリーにしておく。左効きだからなぁ。微妙なダイヤル調整は左手ならば可能だし、何といってもゾンビが近付いたなら拳銃を使う事が出来る。
ホルスターからワルサーP38を抜いて、先端にサプレッサーを取り付け初弾を薬室に装填する。セーフティを掛けて、腰のベルトに差し込んでおく。
「そろそろだぞ。出来れば聞かせて欲しいものだな」
「もう1つヘッドホンがありますから、それを使えば聞くことができますよ。ちょっと待ってください」
皆も聞きたいと言ってたからなぁ。
聞いてどうするわけでもないんだろうけど、人間は好奇心の塊だと誰かが言っていたからね。だけどどんな声なんだろうなぁ。ちょっと楽しみだ。
ゆっくりとトロッコが停まる。
俺とウイル小父さんがヘッドホンを付けて、ハンヴィーの横に立った。
装置の電源を入れると、途端に虫の鳴き声のような音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある感じなんだよなぁ……。
「この雑音が、ゾンビの声だという事か?」
「そうですね。ちょっと色々と試してみたいので、時間を貰って良いですか?」
「そうだな。ゾンビも俺達にまだ反応していないようだ。他の連中も聞きたいと言ってたようだから聞かせてやってくれないか」
「了解です。ウイル小父さんの使っているヘッドホンで聞かせます」
直ぐにウイル小父さんが手招きしている。
やって来たのはエンリケさんだ。ヘッドホンをウイル小父さんから受け取って、ふんふんと頷きながら聞いてるんだよなぁ。
さて、もう片方のヘッドホンを興味本位の連中に渡したから、自分の疑問を確かめて行こう。
先ずはゾンビの話声の周波数範囲だな。変調波の周波数を変えながら、ヘッドホンの音が聞こえる範囲を確認する。
それが終わると、次はゾンビの会話の帯域だ。現在は2KHzの帯域で聞いているんだが、この範囲を変えて音の変化を確認する……。
「コオロギでしょうか?」
呟くような声は七海さんだった。そうだ! どこかで聞いた音色だと思っていたんだが、確かに似ているなぁ。
「俺もそう思っていたんだ。でもこの季節にコオロギはいないはずだし、音源強度はゾンビの群れが最大だからね。やはりゾンビの発する音と言うことになるんだろうね」
「それでも私にはコオロギの集団がいるように思えてなりません。風流には遠い情景ですけどね」
「群れか……。うん、確かに群れだな。満月下のススキの原の情景が浮かんでくるんだよなぁ」
とりあえず音の録音もしたから、帰ったらオリーさんに聞かせてあげよう。
装置の電源を切って、俺の確認を終えたことをウイル小父さんに報告する。
「少しは分かったみたいだな。後はいつも通りだ。装置を片付けてからでの参加で良いぞ。……エンリケ、エアバースト弾は群れでこちらに向かってからだぞ!」
「了解だ。最初はM16で行くよ。合図ぐらいは出してくれよ!」
苦笑いを浮かべたウイル小父さんがレディさん達を呼び寄せている。後方警戒はニック達がしているだろうし、峡谷の左右は七海さん達が行うみたいだな。
ドローンも戻ってきているし、早めに片付けて俺も参加しないと……。
「撃て!」
短い号令が聞こえ、直ぐにくぐもった銃声が聞こえ始めた。
ジュラルミンケースをしっかりと閉じたところで、M4カービンを手に、トロッコを降りて線路の左手を東に向かう。
膝撃ちをしているマリアンさんの後ろにレディさんが立射をしていたから、その隣に立って射撃に参加することにした。
ゾンビの声を聴いていた時には俺達との距離が200mほどあったんだが、サプレッサーを付けても、それなりに音が出るからなぁ。
俺達に向かって近づいてくるゾンビを狙っていく。
ウイル小父さん達と違って、銃を使うのはゾンビ騒ぎが起こってからが主だったからなぁ。どうにか100m以内なら相手が動かないなら当てられるようにはなったけど、ヘッドショットで鹿ゾンビを倒せない。
マガジン1つを使って倒せたゾンビが5体だった。ゾンビも動くし、俺の持つM4カービンも動くんだよなぁ。
何かに保持して撃ちたいところだけど、生憎とそんな便利な品は無い。
「後退するぞ!」
ウイル小父さんの指示を受けて、急いでトロッコに飛び乗った。
素早く線路の両側に視線を走らせたウイル小父さんが、エディに後退を指示する。
動きだしたトロッコから、今度はグレネード弾が放たれていく。
1km程後退したところで、トロッコが停止した。
次はここで迎え撃つという事かな?
トロッコの左に降りて、トロッコに背中を預けながら一服を楽しむ。
ゾンビの動きはかなりゆっくりしている。
やはり統率型ゾンビがいないと、動きが緩慢になるみたいだ。
一服を終えたところで、東に目を向ける。
まだゾンビとの距離は500mぐらいありそうだ。
「今度は最初からグレネード弾を使うぞ。飛び出してくるゾンビを頼む」
「了解しました。次はショットガンを用意しますよ。これよりは確実ですからね」
「銃弾数を考えれば、M4の方が良いのだが……。接近戦ならショットガンの方が確実かもしれんな」
レディさんがちょっと考え込んでいる。
頭部破壊なら1発を確実に当てるより、1度に10発が飛び出るショットガンの方が確実だと思うけどなぁ。




