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いつだって日はまた昇る  作者: paiちゃん
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H-094 物騒な通過儀礼


 サウナから早めに出て、焚火の傍で大きな氷を浮かべたコーヒーを飲む。

 さっきの会話のどこが笑えるのかと考え込んでいると、エンリケさんがやって来た。

 エンリケさんにサウナでの会話をすると、やはり笑い出すんだよなぁ。


「すまん、すまん。近頃では笑える話だな。しかもバリーは元警官なんだろう?」


「そうなんですが、俺だけ笑えなくて……」


「田舎ではよくある話らしいが、都会でも結構聞くことがあるなぁ。それを考えるとジョークとも言えんが、最後の保険の話はジョークになるんだ……」


「面白そうな話だな。私達も聞かせて貰おう」


 大きなマグカップを持ってレディさんとマリアンさん達がやって来た。


「レディ達なら経験したんじゃないか? 娘がジュニアハイスクールに入る頃に、ショットガンを手に入れる。これは、ボーイフレンドに対する父親の思いってやつだな」


 娘がボーイフレンドを家に連れて来たら、「俺の娘は、お前にはやらんぞ!」と言ってショットガンをボーフレンドに向かって発射するという恐ろしい儀式らしい。

 さすがに直接狙うわけではないらしいが、間違って当たったとしても散弾の粒が小さいから即死することは無いとのことだ。とは言ってもねぇ……。


「私の父は44マグナムを片手撃ちしたぞ。6発も続けて撃ったから玄関扉が滅茶苦茶になって母さんに叱られていたなぁ……」


「私の時はショットガンだった。慌てて逃げ出したマイクが柵を乗り越え損ねて……、救急車の世話になったよ」


「私はいなかったからなぁ。この歳では、大喜びで一緒に酒盛りを始めかねないな」


 そんな恐ろしい通過儀礼だったのか!

 きっと大怪我をする者もいるんだろうなぁ。


「その後の保険と言うのは?」


「それは、アメリカンジョークよ。娘を持った父親の行為と言うことで、先程の銃撃は大目に見られるの。私も警官時代にだいぶ経験したわ。物騒な通過儀礼だけど、それなりの伝統もあるし、何といっても娘を奪われると言う父親の気持ちも理解できるところもあるのよねぇ。住宅街の銃声と聞いて出動してみるとそんな話だから笑うしかないわね。それなりの射撃経験のある人物ならちゃんと外すから問題も無いんだけど、初めて銃を撃つ人だと問題が起こる場合もあるし、それを装っての殺人事件さえ起こるのよ」


 俺達にコーヒーを運んで来たマーサさんが教えてくれた。

 その殺人事件の中で、一番多いのが妻殺しと言う事らしい。

 誤って撃ってしまったとなれば立件は難しいらしいのだが、妻に高額の保険を掛けていたとなれば問題になる。

 

「ボーイフレンドを追いかけて娘さんは飛び出していくから、ゆっくりと妻に銃口を向けられる……。連続した銃声でなく、2発目の銃声に時間があったとしたら保険金目当ての殺人と考えられるわね」


 それで保険を掛けたのかと聞いたんだな?

 まったく物騒なジョークで笑うんだからなぁ。アメリカに帰化したけど、何となく先が心配になっていたぞ。


「俺の時も酷かったなぁ……。肩に1発食らったよ。カモ撃ち用の散弾だったから、家に逃げ帰った時にお袋が笑いながら摘出してくれたんだが……」


 エンリケさんが、遠い目をして苦笑いを浮かべている。

 痛かったに違いないけど、今思えば青春の良き思い出と言うことになるのかな?


「ある意味、銃社会での銃の恐怖を体現できる場でもあるんだ。この騒ぎが終わったなら、また復活するかもしれんな」


 復活させない方が良いようにも思えるけどね。

 多分俺の知らない風習がもっとあるに違いない。ニック達と暮らしていけばそれも少しずつ分かるんだろうな。

                ・

                ・

                ・

「これがゾンビ相互の話声を聞く装置で、こっちが特定周波数の音を見る装置になる。サンフランシスコでの試験ではおよそ3万Hz付近で2KHzほどの帯域を持っているということだが……」


「それだけの帯域があればメデューサの個体識別も可能でしょう。かつての有線電話は3KHzほどの帯域だったようですからね」


 レディさんが装置を納めたジュラルミンケースを運んで来た。

 輸送機はこの装置以外にも、ジャックと呼ぶ跳躍爆弾やエアバースト弾もたっぷりと受け取ったようだから、作戦進行に役立つんじゃないかな。


「サミーは理解しているようだが、俺達にはさっぱりだ。どんな風に使うのかを説明してくれないか?」


 ウイル小父さんの質問に皆が頷いているんだけど、俺だって確実に分かるとは思っていないんだよなぁ。


「統率型ゾンビを確実に見つけられるという自信はありませんが、これ以上の方法が浮かびませんでしたので、こんな装置を用意して貰いました。

 こちらがゾンビの声を聴く装置になります。明日には渓谷を徘徊しているゾンビを始末しに出掛けるでしょうから、その時にゾンビの声を聴けるでしょう。

 そのゾンビの声がどんな物かはわかりませんが、ある程度のパターン化が出来るのではないかと思っています。

 次にデンバーに向かう際に、前回と同じようにゾンビの大軍が押し寄せてきた時、パターン化したゾンビの声以外の声が聞こえたなら、それが統率型ゾンビの声になります。

 音声周波数が異なれば楽なんですけど、そうでない時にはちょっと面倒かもしれません」


「最初から分かるわけではないんだな? まぁ、そんなもんだろう。早々都合よくことが運ぶわけではないからな」


「一番我等に都合が良いのは、統率型ゾンビが他のゾンビより高い声もしくは低い声で指示を出しているということになるのか。それなら特定周波数だけを透過型のスクリーンに表示できそうだ。場所が分かればエアバースト弾を打ち込むのは造作も無かろう」


 それが一番なんだけどねぇ……。やってみないことには分からないんだよなぁ。


「これが取説だ。サミーが使うのだろうから、良く読んでおいて欲しい」


「了解です。……とはいえ先ずはトンネルの先の峡谷にいるゾンビの始末ですから、結果が分かるまではしばらく掛かってしまいますね」


 レディさんが苦笑いを浮かべながら、俺の肩をポンと叩いてリビングを出て行った。

 さて、とりあえずは明日にでもゾンビの声を聴いてみよう。

 まぐれみたいな確率で統率型ゾンビを倒したようだから、峡谷にいるゾンビは通常のゾンビに違いない。

 通常ゾンビの声を聴くことで、異質な声の判断が出来るかもしれないからね。


 一服しながら取説を読んでみると、俺の推測通りゾンビの声の波長に近接した音を重ねることで振動差を人間の可聴域にすると言う代物だ。

 唸りと言うか共鳴みたいなものだな。それが出来なければ一旦録音して低速再生するしかなかったんだが、それだとその場で統率型ゾンビの位置を特定できないからなぁ。

 サンフランシスコで試して音として聞くことができたということだから安心して使えそうだ。

 6インチのモニターが付いているのは、音波をリサージュ図形として表示する為らしい。

 『音紋』とか言う奴を見るために付けたのかな?

 俺にそんな特殊な技能は無いんだけどなぁ。


 装置を組み立てると、30cmほどのパラボラ集音器とモニターの付いたアルミ製の箱になるようだ。

 モニターの付いた箱にはいくつかのプラグが付いているけど、集音器、ヘッドホンそれに電源用だな。電源はリチウムバッテリーを内蔵しているから、今夜充電しておこう。

 外部電源としても使えるバッテリーもジュラルミンケースの中に入っていた。

 先ずは、これだけで良いだろう。

 音を見る装置の方の組立と使い方を知るのは、デンバーの住宅街に再び行けるようになってからでも十分だ。


 ジュラルミンケース2つを持って、自室に向かう。

 壁コンセントを使って、とりあえずは充電を始める。

 

 リビングに戻ると、ウイル小父さん達が酒盛りをしていた。

 焚火の傍は危険みたいだから、エディ達が避難している薪ストーブのベンチに向かう。

 せっかく避難してきたんだけど、ニックが俺に渡してくれたのはブランディ―の水割りだ。

 それ程大きなグラスじゃないから、悪酔いはしないだろう。


「どこに行ってたんだ?」


「一服してたら、レディさんが例の装置を渡してくれたんだ。明日持っていこうと部屋で充電しているよ」


「俺にも聞かせてくれよ。……どんな声なんだろうなぁ」


「あまり期待しない方が良いよ。たぶん唸り声に近いと思うんだ」


「だけど不思議だよなぁ。ゾンビは呼吸をしてないはずだ。どうやって声を出しているんだろう?」


 ニックの素朴な疑問に答えられる人物は、世界中に誰1人いないんじゃないかな?

 俺もそれが一番不思議に思えるんだよなぁ。

 ゾンビの声は寄生した宿主のものでなく、メデューサ本体によるものだと考えてはいるんだが、そもそもクラゲみたいなものらしいからなぁ。クラゲは声を出さないと思うんだよねぇ。


 翌日。グランビー駅からハンヴィーの曳くトロッコに乗ってデンバーに向かう。

 各自が持つM4カービン、M16にはサプレッサーが付けてあるし、レディさんやウイル小父さん達はグレネード弾も用意しているようだ。俺達も手榴弾を1つ持っているから、ゾンビが群れてくるようなら、それで対応できるだろう。

 それにウイル小父さんの事だからゾンビ達から距離を取って狙撃するんだろうな。


「今日の目的は峡谷のゾンビを排除する事と、ゾンビの声を聴いてみることになる。サミーはそっちの方を頑張ってくれれば良いぞ」


「出来れば銃撃の前に確かめさせてください。集音器が付いてますから、300m以上離れても聞くことができると取説に書いてありました」


「300mだな。了解だ。先ずはそれを確かめて、しかる後に排除するぞ!」


 ハンヴィーの荷台に乗ったウイル小父さんとすぐ後ろに乗った俺との会話を聞いて、レディさんが頷いている。

 直ぐに後ろのトロッコに向かって行ったから、皆に伝えるのだろう。


「倒した後が面倒なんだよなぁ」


 エディが足元に束ねた棒を見ながら呟いている。

 少なくともトロッコの運行の邪魔にならないように線路上から片付けないといけない。

 すでに死んでいるんだけど、元は人間だからなぁ。手荒に扱うことは出来ないんだよね。


 トンネルを入る手前で一休み。コーヒーとタバコを楽しむ。

 15分ほど休んだところで、トンネルに入る。

 出口に柵を設けたらしいんだけど、生憎と前回は寝てたから見てないんだよなぁ。

 どんな柵を作ったんだろう?


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― 新着の感想 ―
[一言] 一発殴らせろ!ではなく、一発撃たせろ!ですか スゴい風習ですね 荒っぽいというか豪胆というか大らかというか アメリカらしいっちゃらしいが(笑)
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