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いつだって日はまた昇る  作者: paiちゃん
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H-083 ロッキーの山々に祈りを捧げてみた


「太鼓が欲しいだと? まったくサミーにはいつも驚かされるなぁ」


「それならグランビーの町で見た者がいるようじゃ。ネイティブ連中は太鼓を叩くからのう。マリアン達に頼めば直ぐに調達してくれるじゃろう」


「ついでに石板とノミが欲しいんですけど……」


「彫刻でも始めるのか? まったく多芸な奴だな。それなら、葬儀屋にあったのを貰うんだな。ノミとハンマーもあるはずだ」


 石碑を立てる風習はあるんだよね。十字架に刻みこともあるようだけど、多くは横幅60cm高さ90cmほどの石板に刻むことが多いようだ。


「グランビイの葬儀屋ですね。ちょっと見てきます」


「それもマリアン達に頼めば良い。そんな事を考えるということは、蒸気機関のお守りが暇になってきたということだな?」


 笑い顔のウイル小父さんに申し訳ない表情で頷いたから、ライルお爺さんと一緒になって笑い声をあげ始めた。


「確かウイルはナイフ作りじゃったな。ワシは木工じゃったぞ」


「サミーが彫刻だとすればニックやエディ達が何を始めるかが楽しみになって来るな」


 伝統ってことかな? 確かに暇なんだよねぇ。

 彫刻と言っても文字を刻むだけだからなぁ。やはり何か彫刻しないといけないのかな?


「まぁ、のんびりとやることだ。最初の作品よりも次の作品の方が良く出来るのは当然なんだが、やはり最初の作品が一番思い出があるからな」


 ウイル小父さんがベルトに下げているナイフがそうなんだろうか? 俺達も貰ったけど、それと比べると武骨感が半端じゃないからなぁ。


 数日が過ぎたところで、太鼓と石板それに彫刻用のノミとハンマーをマリアンさんから受け取った。

 首を傾げているところを見ると、俺の意図が理解できないってことなんだろう。


「その太鼓を叩いて、この焚火を巡るのかしら? サミーだったら、形になりそうなんだけど?」


「似たようなものですけど、俺達の宗教的な行事をしてみよかと思いまして……。変わった行いですけど、俺達にとってはミサのようなものですから、神聖な儀式でもあるんですよ」


「その時には是非とも見せて貰うわ。こんな音が出るんだけど、大丈夫かしら?」


 マリアンさんが専用のバチのようなもので団扇太鼓のような太鼓を叩く。ドンドンと思った以上に良い音がするからこれで十分だ。

 手に持って叩く形だけど、これは台座を作った方が良いだろうな。そうすれば両手に1本ずつバチが持てる。

 次は護摩壇になるけど、これは井形に組んだ焚火で代用しても良いだろう。いつも焚火をしている場所でやるのは問題だから、東の尾根が良く見える場所に作れば良い。20本ほどの焚き木を使うけど、それぐらいは許して貰えるだろう。


 あまり人に見せるのも……、と考えて実際に行ったのは年が明けて10日目の事だった。朝4時に蒸気機関の運転をニック達に引き継いで、そのまま外に出る。

 根雪を掘って、薪を井形に組むと中に柴を入れて焚火を作る。

 何をするのかと、広場の入り口で監視していたバリーさんとニックさん達が俺を見ているんだけど、いきなり印を結んで紙に火を点け、柴に焚きつけたから4人でこちらにやって来たんだよなぁ。


「ナナ、いったいサミーは何を始めるんだ?」


「宗教儀式のようなものです。東の峰に祈りを捧げると言ってました」


「あれでか? 何やら呟いて両手を複雑に組み合わせているようだが?」


「印と言って、それなりの意味があるんですけど、私はそこまで詳しくありませんので……」


 バリーさん達の質問を、上手くかわしているようだ。

 まぁ、確かに不思議な行為に見えるだろうな。

 俺だってこの印の意味が分からないんだけど、御祖父さんがしっかりと教えてくれたんだよね。


「急に太鼓を叩き始めたわよ。変な調子ね。2拍子でもないようだけど……」


 マーサさんの疑問の声が聞こえてきた。

 そろそろ始めるか……。

 般若心経を大声で唱えながら太鼓を叩く。

 結構調子が良いんだよね。和太鼓だと良く響くんだけど、ネイティブの人達の太鼓はあまり響かないようだな。

 

 1分ほどで読経を終える。短いお経だから暗記が出来るのが良いところだ。

 だいぶ体も温まってきたから、シャツを脱ぎ捨て上半身裸になって太鼓を鳴らして経を大声で唱える……。


「まるでネイティブそのものだな。日本人がネイティブのルーツという説があるが、案外本当かもしれんぞ」


「この寒さの中、裸で聖書を読むようなものなんでしょう? 宗教は怖いと聞いたことがあるけど、サミーを見るとなるほどと思ってしまうわ」


 色々と言われているようだけど、ここは気にせずに3回目の読経を済ませておこう。

 鋳型に組んだ焚火がだいぶ崩れてきた。

 最後は、荒行だな。

 太鼓を叩くのを止め真言を唱えると、そのまま焚火の熾きに素足で踏み込んでいく。

 焚火を踏み越えた後で再度戻ってくると、雪で足を冷やし衣服を調えた。


「まさかそこまでやるとは思いませんでした」


「気が向いた時しかやらないよ。コツがあるんだ。途中で立ち止まらない。しっかりと踏みつける。不思議と火傷をしたことは無いよ」


 太鼓を片付け用としていたら、バリーさんに声を掛けられた。


「全く無茶をするものだ。苦行僧の中には自分を傷付ける者もいるようだが、サミーもその口なのか?」


「至って普通の男ですよ。これは昔から行われてきた物なんです。あの焚火の炎の中に仏を見て、それに近付こうとしての事なんでしょうね。それがだんだんと形式になって今に伝えられているようです。ほら、火傷の跡がないでしょう?」


 俺が靴と靴下を脱いで足の裏を見せると、ジッと俺の足を眺めているんだよなぁ。


「俺にも出来るという事か?」


「コツがあるんですけど、それが出来ないと大火傷ですよ」


 俺の話を聞いて首を振っているところを見ると、興味本位でやろうなんて考えは吹き飛んだようだ。


「後でウイル達に教えてやろう。サミーが不思議な祈りを捧げていたとな」


「仏教の経典を唱えてましたから、キリスト教徒が聖書を声を出して読むようなものです。アメリカは宗教の自由が約束されていますから、アメリカ国民になりましたが今までの宗教観を変えることはしないつもりです」


 う~ん……、と考え込んでいる。

 アメリカに仏教徒は少ないだろうけど、お寺があると聞いたことがある。

 宗派までは分からないけど、お坊さんが布教をしているのかな?


「結構目立つ祈りだからなぁ。今度やる時には事前に教えてくれよ。急に始まったから俺達も吃驚したからなぁ」


「気を付けます。本来なら宗教上の日取りと言うのもあるんでしょうけど、俺が着の向いた時にやりますから、バリーさん達もあまり気にしないでください。それでは、失礼します」


 汗が冷えてきたからなぁ。サウナに入りたいところだけど、火が入っていないだろう。シャワーで我慢するしかなさそうだ。

 駐車場の棚に太鼓を戻して、シャワー室へと向かう。

 着替えはバッグに入れて用意してあるからね。

 体を温めてベッドに入ろう……。


 目が覚めた時には15時を過ぎていた。一緒に寝ていたはずの七海さんの姿が無いところを見ると、夕食の手伝いに向かったのかな?

 椅子に畳んである衣服を着こんだところで、タオルを持ってシャワー室の向かう。

 顔を洗えば眠気も覚めるに違いない。


 リビングの焚火の周りには数人が腰を下ろしている。この時間帯の蒸気機関の当番はケントさんかな? 次の番のテリーさんの横に腰を下ろすと、俺に気付いたメイ小母さんがコーヒーを淹れたカップを届けてくれた。


「面白いものを見られたとバリーが言ってたぞ。あれをやったのか?」


「朝早い時間なら、あまり迷惑にならないかと思いまして……」


「日本の寺であれを始めてみた時には俺も驚いたからなぁ。拝火教はいまだに信じられていると思ったぐらいだ」


「時代的には部分的に取り入れていると俺も思っています。とはいえ、火は神聖な存在ですからね。燃える炎に祈りを捧げる事例は他の宗教でも行われていると思いますよ」


「次ぎは見物人が大勢になるだろうな。まぁ余興だと思ってたまにやれば、仏教に帰依する人間も出るんじゃないか?」


 苦笑いを浮かべながら頷いた。

 確かに余興だと思えば見たがる人間もいるだろうな。

 定期的にやってみようかな。仏教上の重要な時期となれば、彼岸にお盆ぐらいだろう。年3回なら見世物になっても良さそうだ。


「ところで、オリーの返事はまだ届かないようだな。このままだと、レディがあの話をオリーに伝えるかもしれんぞ」


「その反応が怖いですね。学者ばかりでしょうからその証拠を欲しがるはずです。でもそれは無理な話に思えるんですよね」


「サミーが言っていた、特徴が無いってことだな。状況証拠を積み重ねる事になるだろうが、そうなるとあのゾンビの群れがやってくることになる。なるほど、考えてしまうな」


「それが一番厄介に思えます。現場の状況を知らないで指示だけを出してくるのでは命が良くあっても足りません」


「デンバーの飛行場攻略は俺が指揮官になる。その時は俺の名で断ることにすれば良いだろう。サミーがいつも言うように、できる事だけをすれば良い」


 無理はしないということだな。

 女性の比率が高い部隊になってしまったからなぁ。小母さん達にも無理はさせられないだろうし、子供達だっているんだからね。


「先ずは俺達の生存圏の拡大が優先でしょう。ゾンビの調査はそれから逸脱しない範囲で実施すれば良いと思います」


 俺の言葉に男達が頷いてくれた。

『出来る範囲で、できる限り』が俺達の座右の銘になりそうだな。


「とはいえ、飛行場まではかなり遠いなぁ。線路がどこまで使えるかも考えないといけないだろう」


 エンリケさんの言葉に、ウイル小父さんが直ぐ後ろにある白板にプロジェクターで画像を映し出した。


「水上機が撮影した画像では、線路の状態が良く分からんことは確かだな。ここと、この辺りを低空で撮影して貰おうか」


「分岐点ですか。それならここも必要ですよ。ポイントはデンバーの駅舎で集中管理されていたはずですから、最終的なポイントの切替がどのようになっているかまで分かれば良いんですが……」


 グランビーからデンバー駅までの路線と飛行場への路線をどこで結ぶかでだいぶ作戦が変わるということなんだろう。

 デンバー駅は核の爆心地に近いというのも考えねばなるまい。爆心地から距離を取ってグランビーから飛行場までの線路を繋ぐことができれば良いのだが……。


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